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往復書簡 その3 ~ 未来編

2012/06/21 (木) 07:19:11
その2の続きです。
本音の「思考セッション」が続き、新たな広がりへ。
以前から書いていますとおり、ここで読める内容は「決定」ではありません。あくまでリアルタイムドキュメントであり、「思考の現在進行」なのです。どんどん変化もあるし、前言撤回もあるでしょうし、それら含めて公開していく、というのが主旨であり、だからこそ意味がある、ということです。そういう楽しみ方をしていただければ幸いです。

なお、お話し相手である yuhka-unoさんの日記はこちらです。併せて読んでいただくと、また多面的に捉えられるのではないでしょうか。と思います。


*yuhka-uno
元旦にmcさんの新曲を聴いて、その後「新春暴論 ――『幸福』な若者を見限ろう」とかいう記事を読み、「はぁ?ふざけんな」と思って、それに反論するエントリを書いたわけですが、書きながら「元旦にああいう歌を聴いて、今こういうエントリ書いてるって、なにこの流れ(笑)」と思いましたよ。
やっぱり、「新春暴論」みたいに、中身はただの逆ギレでありながら、「冷静で頭の良い俺」みたいに見せかけようとして、他人の言葉に乗っかって逃げを打つのって、すごく小さいし格好悪いと思いました。青臭くても、私は自分の言葉で話そうと思いましたね。私、見た目は落ち着いてますけど、中身はこれですから(笑)。
 
その後、朝日新聞の成人の日の社説を読んで、「ああいうエントリ書いたすぐ後でこれかよ!」って爆笑しました(笑)。で、その社説に関して、こういう意見があったんですよね。
 
オヤジによる若者論への違和感 - Togetter
http://togetter.com/li/239343
 
そういえば、以前から、的外れな若者論をぶつのは大抵「オヤジ」で、年長女性はあんまりそういうこと言う人いないよなって思ってたんですけど、これって結局、今の時代が良くなってきてるって感じている人は、あの手の的外れな若者論はしないってことなんですね。それはmcさんもそうですよね。
これって、そちらの「音楽村」と一緒なんでしょうね。「オヤジ」は、一見幅を利かせているように見えて、実は絶滅寸前の「恐竜」で、居場所がなくなってきて、病んで若者に絡んでいるんですね。
とすると、以前、無医村村の記事を見たときに感じた、「これって、この国の縮図なのかなぁ」というのは、当たっていたし、「愛と平和の街」は、「街」だけに留まらず、そのまま今の日本にも通じる内容なんですね。
「若者よもっと怒れ」と書かれた朝日の社説を見た時は、「じゃあご要望通り怒って差し上げようか」とも思ったのですが、上の女性の意見を読むと、ちょっと、「オヤジ」がかわいそうな気がしてきて、どうしようかな、という感じです。mcさんも、今の私みたいな気持ちだったのかなって思ってます。
 
「愛と平和の街」、すごい皮肉なタイトルですよね(笑)。



いろいろ一連の流れはなるほどでしたね。

まあインタビューで燃え尽きたというのもあるんでしょうけど、ああもう僕の中では、この街の音楽や人々について、どうでもいいんだ、って思ったんですね。
そう、多分同じような気持ちで、看取ってあげましょうというか、もうだから自分の敵とかじゃなくなったって感じなんでしょうね。なんか、お互い「悟り」ましたよねw

タイトル、もちろんわざとつけましたし、僕の性格知ってるヒトなら「きたーー、絶対皮肉だろw」って判ると思ってそうしました。説教臭いようでそうでないようにつくるにはどうすればいいか、けっこう考えましたよ。また2番とか練らないといけないです。でも若いヒトに受け入れられたのは嬉しかったです。別に何か出来るわけじゃないけど、「少なくともキミらの邪魔はせんし、応援を表明しておく」ということでいいかと思いました。悟ったからには、次へも進まないとならないし。

レノン(崇拝される側として)もそうだけど、何かの拠り所を求めるヒトは、つまり弱いからでしょ。何かに縋ってないと怖い。こだわりもそうですね。音楽や食べ物、こうじゃなきゃいかん!みたいなのは、職人はそれでいいでしょうけど、一般人の過度なそれは、ちょっと逆に弱いコなんだなあ、って思います。かつての僕もそうでしたしね。そういうのから開放されて、初めて自由になっていくんだと思うなあ。でもほら、レノンもそうだけど、強い母に育てられると結局、強い配偶者求めてああなってしまう。開放はそうそう簡単にはいかないでしょうね。

なるほど、年齢の件わかりましたw 最初から年上に見られるヒトは年取ってもあまり変わらないというので逆にいいかもですよね。大人になってしまったかつての子役とかみたいになると、ちょっと厳しいですし。

そう、Tさんの脱退ね。確かにそういうお返事を想定してましたよ。具体的にはどっちも明確には言ってないけど、そういうようなことですよね、多分。プラス最新の彼の新譜とか聴くと、内容もそうなっているので正しいと思います。

>だからリピーターが多いのか!
ああそうだ!自分で書いてて気付かなかったし!

まあ図らずも最後に言ってるしね。今はもうCDも売れないんだしって。だからイイ意味での策士が生き残るんだと思う。悪い意味の策士は秋元かもしれないけど。
こないだも書いたけど、地方のお店とかは、ほぼみんな多かれ少なかれ策士しか居ないでしょうね。

写真載せたけど、こないだ「最近評判の」唐揚げ屋に行ったんですよね。ましゃのご推薦とか、観光客に受けてるとか、今までのこっちの常識で言うとインチキ臭ぷんぷんだったのだけど、思い切って行ってみて、全種類!食べてみたら、ホントに美味しくて、なんか感動しましたよ。これからの新しい店はこうじゃなきゃいかん、むしろもう、こうなっていくでしょ。って。その店も策士的な部分はないことはないけど、実際の唐揚げが美味しかったのだから、言うことないです。これからはそういう時代ですね。嬉しかったです。


*yuhka-uno
私もずっと「観光県」に住んでますから、「天然で策士」になるのもわかる気がするんですよ。何かをやるときに、地元ネタしか思い浮かばないのも。策士的なことをするのも、面白いし楽しそうだなって思います。でも、策士的なもの「しかない」のが問題なんですね。
mcさんの新曲って、自分の足下から視点を広げて、外に通じるものになるというか、そういう内容なんですね。だとしたら、私もこれからどこでどう生きていくのかわからないですけど、できるだけそういう視点を持つようにしたほうが良いのかな、と思いましたよ。
 
「何もできない」についてですけど。毒親って、「してあげた」っていう気持ちが強いじゃないですか。あとは「心配だったから」とか。そういう気持ちでいるうちは、スタート地点に立ってないんですよね。自分は子供の気持ちを汲み取らずに、自分の欲を一方的に押し付けいていただけだって、それに気付いた時点がスタート地点ですよね。「新春暴論」の人も、社説の人も、その人の専門分野では、普通に尊敬できる人なんでしょうけど、スタート地点に立ててなくて、「親」としてダメなんですね。
 
こういう家庭に育ってきたからこそ、より強く思うことなんですけど、子供の心を育てるのは、親のすごく大事な役目ですね。たとえ経済的に恵まれた家庭に育っても、心を育ててもらっていないと、生きていくのしんどいですし。
あと、私が母を尊敬できない理由の一つが、「変えていこう」っていう意識が感じられないところなんです。母は、父が自分より家事育児にコミットしないことを不満に思っていましたし、父の実家では、男は何もしないでぐうたらして、女ばかりが動いていたので、それで姑(父方の祖母ですね)のことをすごく嫌っていました。でも自分の子供に関しては、私に家事を仕込んで「お姉ちゃん」やらせるのに、弟には全く家事を教えない。親戚の集まりでも、私が何もしないと怒るのに、弟は何もしないでぐうたらしていても、何も言わないんですね。
価値観が変わっていくのって、先駆者がいて、それに影響を受けた人たちが、一人一人、自分の足元から、草の根レベルで変えていって、それで世の中変わっていくわけじゃないですか。とりあえず個人レベルで何かできることって、こういうことかなって思います。
 
解放がそう簡単にいかないっていうのは、個人レベルでもそうですけど、社会レベルでもそうですよね。日本も、戦争が終わって民主主義の世の中になっても、「企業戦士」とか言って、会社が軍隊化してましたし。「成長期」も終わって「反抗期」も終わったんだから、そろそろ解放されてきても良いよなぁって思います。
 
10年後、20年後に、「yuhka-unoちゃんて、全然変わらないよねー」って言われていると良いんですけどね(笑)。服装の迷子だった10代後半の時期よりも、自分に似合うものがわかってきた今のほうが良いと思っているので、30代になる頃には、もっと良くなっていたいですね。



両親が子どもの僕に見せた悪夢というのは今でもトラウマなので、でも、その原因というか大元はドコなのか、って考えると答えは出ないよね。直接的には「母が」ウザかったが、母がウザイ原因は、父の酷さにあり、父の酷さは多分に内弁慶的な性格が災いしてたのだし、そう考えると、僕自身は被害者だが、加害者が誰なのか分からない、というか特定できない。というより、肉親だモノ。特定するのも忍びない。
で、結局僕は結婚も子どもを持つことも拒否した。それしか抵抗、というか、それしか逃れる方法はなかったんだな。

そういうことを考え続けて行きたい、っていうのが僕の活動のひとつな気がするんだよな。

で、実際の「明るくなかった未来」を語ってるアラサーのヒトはたくさんいるのだけど、やっぱり僕が強く心を動かされるのが、親子関係と愛の関係について語ってるヒトなんだな、っていうのがココで判ったことだね。そのどっちも僕にとって最も重要だったからでしょ。だから、その方面にだけ僕の壁が開いてた。他のジャンルは厚く閉じたままだけど。だから、その開いた部分から入ってきたヒトとだけ、交流が出来たんだと思うのよね。

「変えていこう」という意識がないってのは、うちもそうだったので確かにナと思いました。昔は女性は弱くて、というのは発言権とかなかったからですけど、なので、うちの母の場合、暴君の父を相手に、相当きつかったんじゃないかと思いました。まして「看護師」という仕事も持ってて、共働きだったんですから、生きること自体に精一杯だったような気もします。ただ、それと僕自身の受けた被害のことは別になっちゃうんですよね、やっぱり。なので、おっしゃるとおり、僕の足元から変えていく、みたいなことかもないのかも、ですよね。

若いうちって、今週来週すぐ解決してほしい!!って思うじゃないですか。でも実際は、たとえば今回の僕も1年以上かかってますし、植物の成長と一緒で、目に見えるような形では変化はないですよね。それは嫌だ、急ぎたいんだ、ってヒト用にコンサルとか宗教とかセラピーがあるのかもしれない。でも所詮急場しのぎって気がするんだ。もっと確実な方法がいいなって僕も思いました。そう思ってる人種が増えて、開放へ向かう、とそういう感じなのかなあ。

イベントはまた若い子ばかりでしたけど、若いからってわけでもないけど楽しいですよね。ココ最近世間で言われてたこととは正反対に感じます。愚痴ってるおっさんは若者にハブられてるんでしょうね。笑。

あと策士の件はすごい腑に落ちましたよ。観光地じゃないけど、たとえば近所の駄菓子屋のおばちゃんとか、そんな感じでしたね。商売人はみんな策士だもんなああ。

とりあえずまた頑張りますw


*yuhka-uno
mcさんが「男らしさ」を拒否して生きてきたのって、そういうご両親のことがあったからなんでしょうか。
たぶん、依存っていうのは、変わらないってことなんでしょうね。自分が変わって状況を良くしていくんじゃなくて、自分は変わらなくて、誰かに状況を良くしてもらおうとして、他人を引きずり込むというか。
所詮急場凌ぎの方法って、一番近道なように見えて、それをやっている間、根本的な問題がずっと解決されないままだったりしますから、実は一番遠回りだったりするんですよね。それに、「一気に解決したい!」って思ってる人からすると、一番確実な、ただし地道な解決法が、不確かなものに思えたりするみたいですし。
 
愚痴といっても、なんというか、自然体で自分の弱い部分を出せる人の愚痴だったら、別に良いんですけど、時々「私はあんたの感情のゴミ箱じゃねーよ」って言いたくなる人いるじゃないですか。そういう人は、年齢関係なくうざがられますよね。
まぁ、愚痴ってるおっさんは愚痴ってるおっさん同士で、「居酒屋若者論」でもしといて下されば、という感じですね(笑)。
 
このやり取りのこと、mcさんが往復書簡で「思考のセッション」と仰ったのが、私には印象的だったんです。私は音楽的なセッションってしたことないんですけど、相手から提示されたものを、一旦自分で受け止めて、今度は自分が提示する、その繰り返しでお互いに良くなっていくことが、セッションってことなのかな、と思いましたよ。
「教えることができない」についてですけど、mcさんは以前、ボイトレについてのお話で、「教わることができない」と仰ってたことを思い出しました。対等な関係というのは、セッションができる関係ってことなんでしょうか。
 
mcさんは、私に本音で話すことを求めていると思いましたし、ご機嫌取りが通用しない方だなと思いましたので、私はこのやり取りの中で、できるだけ自分の思ったことを本音で話すようにしていました。そしたら、だんだんリアルでも「お姉ちゃん」じゃなくなってきて、本音が出てきたみたいなんですよ。
ずっとカウンセリング受けてたんですけど、カウンセリングって、どうしてもカウンセラーと上下関係ができてしまうんですよね。カウンセラーのほうが上になってしまう。カウンセリングは、私が「お姉ちゃん」だった頃は上手くいってたんですけど、本音の部分が出てくると、だんだん上手くいかなくなってきたんですよ。対等な関係じゃないことが、マイナスに働くようになってきたんです。それで、「もう私は、カウンセリングという形で自分の心を支える時期は終わったな。これからは、普通の人間関係の中で、自分の心を支えていく時期に来ているんだ」と思って、カウンセリングをやめることにしました。
私はこのやり取りの中で、知らず知らずのうちに、mcさんに鍛えられていたんだなぁと思いましたよ(笑)。なんか、お互い変わりましたよね。嬉しいです。



僕が半年くらい yuhka-uno さんとお話して思ったのは、似たような意味ですけど、「思考の」セッションが好きなんだなってことでした。元々そうだったんだけど、改めて確認したって感じですね。僕の場合、音楽そのものが刺激になることよりも、こうして思考のやり取りの方が刺激になって、作品つくりのほうに反映されることが今までも多かった気がします。そう考えると、自分の「音楽の引き出し」は既に、ほぼ埋まっていて、そこから何をどのように引っ張り出すか、というきっかけを探しているんだろう、って思いました。
思考のセッションって、直接、脳で触れ合う感じがします。言葉と思考が絡み合って一体化してるような気持ちがしますね。楽器と同じで、言葉を扱うのも多少の訓練は要ると思いますけど、それよりは「本音で言う」ということのほうが重要な気がします。多少稚拙だったり言葉が足りなくても、言いたいことが伝わる、ということのほうが重要じゃないかって思います。歌もきっと同じですね。そして「本音」に上下関係も立場もないし、対等なものですから、それで成り立てるんですね。なるほどなあ。なんかいいお話ですね。

前に、セラピーって、お酒やカラオケと一緒で、その場で解消して問題を忘れさせるだけのものだから、って言ったと思いますけど、結局、もともとの問題は解決しないんですよね。常に逃げ道を探すだけになってしまうって言うか。僕も去年、いろんなセラピストと称するw ヒトに会ってそう思いました。ああこの人たちは何も解決できない人たちなんだなって。だから常に依存症のヒトを探している。彼らは依存症のヒトに「依存して」生きてるのかもしれませんね。シュールだなあw

そんななか、お互い変わったなあって思えることは、すごく救いですね。僕も嬉しく思います。

男らしさについては、もうちょっと考えてみます。たぶん両親のこともあったけど、世間一般の価値観への抵抗、という意味もあった気がするんですね。そこは、同じマイノリティとしての匂いを感じ取った、という気もするんだけど、だとすれば、自分はマイノリティだって、いつ気付いて何故そう思ったか、ってことになるので、そうすると、過去を紐解くのに、もう少し時間が要る気がします。

少女漫画を読み始めたのは中学のときからです。塾の友人が週マ読んでたのね。それがおもしろかった。でも母に言わせると、それ以前の子どもの頃から、「女の子っぽいもの全般」が好きだった、ということらしいので、そうするとドコが原点なんだろうなあって。しかもそれで、普通にストレートなのが謎なんですよね。

棲み分けできるならいい街なんだけどなあ。味噌もクソも一緒なので辛いわけですよね。こっちで「文化に」興味がある人々って、ほぼみんな雑食なんだよね。それは消費側としてはいいかもしれないけど、こっちの立場としては、全部一緒にされるのはすごく嫌だ。墓掘りもエッセイストも漫画家もセラピストも、著名人文化人枠、ということで全部まとめられてしまう。え?そこに僕も入れられちゃうの?勘弁してほしい、っていう感じなんだよね。でも、その枠に入らないと「ただのヒト」になってしまう。なんかそういう、味噌もクソも一緒の土俵で頑張らなければ行けない、っていうのがさ、クラスの中で無理クリ居場所探して、見つからないのでハブにされた、みたいな感覚に近くて、ものすごく日々辛いですね。墓掘りもいいと言う、僕の音楽もいいと言う、みたいなお客さんの感覚に、僕の方が付いていけない。その違和感がずっと払拭されない。そんな2年くらいだったな、って思う。
僕だって常に「絶対上手くなきゃダメ!」とか言う偏屈なヒトじゃないのよ。むしろ逆。オリジナリティがあれば、下手でかまわない、というポリシー。ノイズ系、音響系、大好きだし偏見まったくない。でもそれはあくまでロックやポップスとかに限ってのものでね、まさかそれがジャズにも当てはまるとは、僕は到底想像すらしてなかったしなあ。


*yuhka-uno
そろそろ「総括の総括」という感じですね(笑)。
 
私、セラピーって受けてみたことないですね。「癒やし」みたいな感じなんでしょうか。
依存症の人に依存して共依存状態になってる人っているみたいですね。「イネイブラー」って言うみたいですけど、「面倒見の良いお姉ちゃん」として育った私は、イネイブラー気質があるかもしれないので、気を付けたほうが良いな、と思ってます。
 
ちょっと、長くなるんですけれども。
私は、自分の問題の原因が家族にあると気付いたとき、家族しか接点のない今の状態では、自分は絶対に回復できない、第三者の助けが必要だと思いました。それで母に「カウンセリングを受けたい」と言ったんです。でも母は、「カウンセリング受けて何になるの?」と言いました。私はそれ以上は何も言えず、そのまま無為に何年間か過ごしました。この時期が一番辛かったですね。抑圧されていた家族への感情が湧き出していて、自分の原因がわかっていて、どうすれば良いのかもわかっていたのに、出口がなかった。ただ、ネットで自分の原因について調べて考えることしかできなかったです。
母は、「そんな効果があるかどうかわからないもの、お金の無駄」という考えだったんですね。「この子が自分から言ってるんだから、やらせてみようか」という発想が無いわけです。こういう人だから私がひきこもりになったわけですね(笑)。これが例えば、私がハローワークに行くとか言ったら、母は資金出したと思います。でも私、それができる精神状態じゃありませんでしたから。
 
カウンセリングを受けるきっかけは、母が「あんたはアスペルガー症候群かもしれないから、病院に行って調べてもらったら」と言ってきたことです。私は、母がそう思った理由については、「自分のせいじゃないと思える理由を見つけてきたんだな」と、快く思わなかったのですが、一方で、「これで心療内科というところに行って、カウンセリングが受けられるかもしれない。こりゃ好都合」と思って、行くことにしました。そして、しばらくは母に「アスペルガー症候群かどうかって、そんなに簡単にはわからないから、何回か通う必要があるんだって」とか言って、騙して通いましたね(笑)。
効果は、ゆっくりとですが、確実でした。ある程度自分で分析していましたから、話が早かったです。まず膿を出し切るように家族への感情を吐き出した後は、それまで頭が思い出すことを拒否していた、働いていた時期のことも、冷静に思い出せるようになり、ひとつひとつ、母が植えつけた思い込みを検証していきました。2年足らずで、このやりとりの最初のほうで申し上げた、「これやりたい!」という気持ちから、自分の判断で行動する体験ができたんです。
 
ある程度精神状態が回復してきたからこそ、先生に連絡取ろうと思ったし、ブログで自分の親のことも書けるようになったし、炎上にも耐えられたし(笑)、mcさんに話し掛けることもできたし、「思考のセッション」もできたんだと思います。mcさんは、縁切りまくって孤軍になった時期だったそうで、お互いタイミングが良かったんでしょうね。そして、最終的に、mcさんがカウンセリング卒業のきっかけになって下さったんですね。感謝してます。ありがとうございます。
 
>思考のセッションって、直接、脳で触れ合う感じがします。言葉と思考が絡み合って一体化してるような気持ちがしますね。
 
なにこれえろい。
 
まぁそれはともかく、「オリジナリティがあれば、下手でかまわない」ということは、「本音=オリジナリティ」ってことなのかと思いましたよ。



セラピーね。占いみたいなものだと思います。あなたには、この色があいますよーとかそんな感じ。軽い症状であれば、そういう人に依存、とまではいかないにしても、少し癒されに行くのはいいかもですね。でも、僕の場合「軽度」じゃないですから、向こうも重いんでしょう。なので、縁も切れてしまいましたね。

総括の総括が近い気もするのですけど、実は、このやり取りをするに当たって、もうひとつ重要なこと、話したいな、でも話すと長くなるし、意味があるのかどうか判らない、と思って、横に置いておいた話があるんです。でも、せっかく、書いていただいたので、僕もお返しということで書きますね。

僕がいろいろと開放されるに当たって、実は2冊の本の影響もけっこうあったのですよ。そのうちひとつは、以前ブクマで出てきたと思うのですけど「加藤諦三著・アメリカインディアンの教え」というものです。これは有名だし、今ネット上でいろんな言葉が引用されてますから、あえて細かく書きませんが、親から解放されるのにはずいぶん役立った気がします。
それから、これは重要なんですけど、ビーチボーイズというアメリカのロックグループが居るのですが、そのリーダーで、全ての曲を書きアレンジしプロデュースし、天才と言われたブライアンウィルソンの「自叙伝」というものがあるんです。彼と父親との確執、それによって生まれた美しくも切ない音楽たち、それゆえ精神を壊し、70年代はヒキコモリになります。そこから復活させたのが、精神科医のユージン・ランディというヒト。このヒトはブライアンを依存症から抜け出させることに成功しましたが、その後も関係を切れずに、依存症のブライアンに依存して生きていくようになります。洗脳みたいなもので、たとえば貴乃花の整体師の人が居ましたよね、あんな感じの存在に成ってしまって、結局ビーチボーイズの他のメンバーに裁判を起こされ、やっと開放されます。

その自叙伝、ここで書ききれませんけど、ちょうど yuhka-unoさんが経験された過程みたいなものが、同じように書かれているんですね。みんな同じ過程を経て解放されていくんだな、って思いました。僕自身はカウンセリングを受けたことはないですけど、間接的に、この2冊の本で受けたと同じような状況になったんだろうなって思います。

僕がビーチボーイズを好きになったきっかけは、ロック史上最も有名なボツアルバム「スマイル」の存在を知ったことです。この「スマイル」というのは題材が、アメリカの歴史みたいなことなんですね。で、 加藤氏の「アメリカンインディアンの教え」の中に、「インディアンは、笑いかけると笑い返してくれる。それがお互い敵ではないと認識した合図」みたいに書かれてたんです。で、ビーチボーイズが「スマイル」でインディアンの歌なので、これは共通性があるに違いない、って思ったんですよね。
実際には共通性はそれほどなかったのだけど、リーダーのブライアンのことを知り、彼の生い立ちを深く探っていくことで、加藤氏の本と似たようなことを知ることが出来たわけです。だから、結局、僕にとっては、これは繋がったわけですよね。
ちなみに、お気づきかもしれないですけど、新曲の歌詞の「笑いかけ~」っていう部分は、この話から採ってるんです。あそこから「スマイル」を連想するヒトはほとんど居ないと思うけど、僕の場合「表面上似せる」というリスペクトのしかたでなく、こういう内面で取り入れるんです。なので、以前言ったと思いますけど、表面上だけ似せたエセコピーが嫌いだ、というのは、こういうことに繋がるんです。

僕にとっては、それら2冊の本、それから21世紀になってからはネットのこういうやり取り、それが「外に向かって開いていた窓」だったんだと思うんです。

ヒトは出会うべき時期にちゃんと出会うんだなって思います。昨日もTTさんと久々に話し、そんなことを二人で語りました。脳で触れ合うことはバーチャルセックスにも近いでしょうね。音楽のセッションのことを、よく性行為に例える人が居るんですけど、脳プレイも似たようなものなのかなって思いますよ。僕の「イマジナリーラバー」って曲の歌詞はそういうこと書いてますよね。ぼくは、他人に気付かれずにエロイ歌詞を書く、というのが好きなんですw そういう意味で聴くと、僕の歌詞はどれもエロイと思います。わざとやってます。

本音=オリジナリティか。そうですね。そのTTさんとも話しましたが、こっちのヒト、誰も本音で話さないんです。それがすごい嫌だよね、って話して、まあ一般のヒトは、それも処世術でしょうがないからしてて、それでかまわないんだろうけど、音楽するヒトまでそんなっていうのは、僕は納得できない、って言いました。だから恐竜みたいなヒトと付き合うのが嫌だったわけですから。みんな「何考えてるのかわからない」みたいなヒトばかりなんです。そんななかで、本音主義の僕が出来るわけ無いんです。
でも、TTさんもお店やってて、そこではフレンドリーに笑顔で接してて人気もあるんですよね。偉いなと思います。ちょっと前の僕みたいでした。僕は、そういう笑顔振りまいて、っていう偽りの生活が疲れてしまったんだろうなって思います。結局僕も「おねえさん」を演じてただけなんですよ。同じですね。
アーティストなら、そんなことする必要ないんです。人気がなくなろうとも、岡本太郎みたいな存在に成ったほうが、たぶん僕にとって精神衛生上いいのだと思います。

そんなこと思いました。


*yuhka-uno
これも、ちょっと関係があるのかわからないんですけど、私はそのカウンセラーなくしては、ここまで回復できなかったわけですから、感謝はしていますけど、やめる時には気まずい感じで終わりましたね。カウンセラーも人ですから、自分が否定されたくないのかもしれません。「これについては、私にとってはマイナスだったと思う」という話ができませんでした。それで私の心が閉じてしまって、これ以上やってもうまくいかないだろうなと思ってやめました。
 
そういえば、歴史上の人物や有名人の言葉を引用して書いてある文章って、表面上引用しただけのものと、「排便的引用」と言いますか、その人が自分の中でその言葉を消化した形跡のある引用って、なんか違うような気がします。前者は、どこか引用文が浮いてるような気がしますけど、後者は、引用文がその人の文章の一部になっているような気がします。
 
叶姉妹の恭子さんが、セックスのことをまさしくセッションだと言っているのを聞いたことがありました。セックスって、裸と裸の触れ合いじゃないですか。「本音=オリジナリティ=裸」かなって思いました。あと、裸といえば、メロとコードとアレンジのお話を思い出しますね。
そういえば、恭子さんは性感帯を尋ねられた時、「脳」って答えていました。思考が好きな人は、脳で感じる人が多いと思います。本来の性行為という意味だけじゃなくて、こういう「思考のセッション」という意味でも。思考が刺激になって充実するわけですし。ということは、一人で思考するのって自慰行為のようなものですね。そして、脳の相性が良い相手と出会うと、脳幹からドーパミンが溢れ出るんですね。
人間って、思考が快感になるように進化した生き物なのかなって思います。以前、タモリ氏が「変態は人間にしかいない。セックスの時にわざわざ縛ったりするのは人間だけ」と言っていたんですよね。たかだか生殖行動に、これだけ色んな演出を凝らすのって、人間だけですし。知的快感と痴的快感は繋がっているんでしょうね。
 
今思い返してみると、若手アナウンサーが京都の老舗で修行するコーナーの、特に和菓子の回は、解放がテーマになっていました。彼が最初に提案した「親感謝和菓子」は、私にとっての「お姉ちゃん」なんでしょうね。女将さんが言った「悪いけど、お利口さん」という言葉は、そういう意味なんでしょう。
そこのご店主、有名な茶人でもあるそうなんですが、ご店主が求めたのは、自分の殻を破って開放された気持ちで作品を創れ、ということだったんでしょうね。そうしないと創作はできない、と。
たぶん、最初の「親への感謝」というテーマが、彼個人の内面の「本音」から来たものだったら、また違ったと思うんですけど、そうじゃないと見抜かれてしまったんでしょうね。だから「お利口さん」と言われてしまったんでしょう。
そう考えると、彼が最初に提案した和菓子が「親への感謝」をテーマにしているというのは、偶然ですけど面白いですね。私のテーマはまさに、親と、「親に感謝すべき」という道徳的価値観からの解放ですから。
mcさんとのやり取りは、私がこの番組コーナーの感想をブログに書いたことから始まったんですから、この番組も、見るべきときに見た、ということなんでしょうね。私、「ちちんぷいぷい」に救われたんだなぁ(笑)。



なるほどー。カウンセラーもヒトですから、っていうのはそうですよね。学校の先生もそうだけど、人格者なんだろうと思って接してると、そんなことないんだって気付いた年齢のとき、けっこうショックだった気がする。普通に駆け引きするし顔色読んだりするでしょうね。カウンセラー、という商売選んでる段階で、何かヒトの為になりたい、っていう目的があると思うんですよね、そこでまず相手と上下関係が出来るのと、あとは、これ心理学を専攻するヒトでよくいるのですが、自分自身が病んでいてその自覚があるから、自分自身を研究して探りたい、という意識があって始めるヒトも多かったです。その場合、相手も研究対象でしょうし、付き合いが長くなると弊害も出てくるんでしょうね。なんとなく想像がつきます。

脳プレイは、チャネリングとか流行って、その頃、割と浸透した考えなんですけど、当時の僕は、そんなのインチキ臭いと思って信用してませんでした。前に書いた、好きなAV村西とおるは、チャネリングのジャンルのヒトではなかったけど、実際に作品のなかで、それに近いことを描いて魅せてくれたので、他人はどう感じるかわからないけど、少なくとも僕には伝わったので、それで好きだったのかもしれません。セックスなんて心開いた相手とじゃなきゃ出来ないですよ。普段気取ってたりしても、一番情けない顔を相手に見せることになるんです。それはお互いが信頼しあってないと出来ないです。
思考のセッションも同じだと思うんです。僕はココでずいぶん恥ずかしいことも赤裸々に書いた気がします。また、それブログに転載したことで地元民からも恨まれる対称だろうと思います。それでも、そうやって書くことが出来たのは、yuhka-unoさんに本音でいろいろ尋ねて頂いたからで、そうして僕の脳が開いたんだと思うので、これこそセッションだなあって思いますよ。

そっか、その番組のことね。思い出しますね。メソッド、あるいはハック、ホットケーキミックス、そんな安易な提案は却下された、そういうことですね。
お利口さん、という言い方は、音楽でも時々言うのを聴いたことがあります。優等生的ね、とか。メソッドに沿って綺麗に出来てる。及第点はある。でも、何か心を動かさない、というようなときに使いますね。
僕も曲を創り始めてずいぶん経ちます。そういう意味では若手アナのような罠にはまりそうな時期でもあるんです。そう陥らないよう、本音でセッションできる相手を探して、音楽にリアリティを加えるため頑張ってるのかもしれません。

なんだか大河ドラマ的になってきましたね。どこまで行くのか、みものやね、と思いますw


*宇野ゆうか
ちょうど、セックスもセッションも「裸」でやるものなんだな、と思っていたところです。「脳プレイ」においては、「服」っていうのは、建前とか「お姉ちゃん」とかで、「裸」が本音なんだろうな、と。あと、私は音楽のセッションのことはわからないんですけど、たぶん、「失敗したら」とか「下手だと思われたら」とかが「服」なのかな、と思いました。
私は、自分が変わっていっている時期だからこそ、こうしてmcさんとお話することができたんだと思うんですけど、どう変わっていっているのかと言うと、脱いで裸になっていく時期なんでしょうね。ブログで親のことをぶっちゃけられたのも、その一貫だったんです。
カウンセリングは、お金払ってサービスを受けるという、割り切った関係なので、その分遠慮せずに話せることもあるんですけど、そういう関係だからこそ脱げないんですよね。やっぱりそれは、他のサービス業の人相手に脱げないのと一緒なんでしょう。だから、私は無意識的に、自分が脱ぐきっかけを探していたのかも、と思います。そして、脱いでしまったら、もうカウンセリングは必要なくなった、ということなんでしょうね。
ブログでもここでも、ぶっちゃけるのはある程度勇気が要りました。でも、ぶっちゃけて良かったと思ってますし、そうする必要がありましたね。ブログのほうは炎上してしまいましたけど、私はもう、万人ウケの「お姉ちゃん」は脱ぎ捨てるんですから、ある程度嫌われても叩かれても、自分自身でいることのほうがずっと大事です。むしろあの時は、炎上しても意外と平気だった自分自身にびっくりでした(笑)。
 
あと、以前から自分でもよくわからなかった自分の性質として、自分に似た価値観を持っていながら、自分にとって興味のないことに人生を賭けているような、そういう人に興味を持つ傾向があったんです。趣味が同じ人に興味を持つというのはわかるんですけど、そこでなぜ、自分にとって興味がないという要素が入ってくるのか、よくわからなかったんですね。「自分に似ている」部分と「自分と違う」部分と、両方の要素を持っている人に興味が沸くというのは、なんとなく感じていたんですけれども。
で、mcさんが「脳プレイ」のお話をしてくださったおかげで、その理由がわかったんです。それは私が、思考が快感になっている人間だからですね。もちろん、興味の対象が同じ人と話すのは、それはそれで楽しいんですけど、それはあくまでも、例えば「絵」とか「ゲーム」とか、そういう趣味を楽しみたい場合であって、楽しむのが「思考」の場合は、また別のタイプの人、それも、自分にとって興味のないことをしている人のほうが良いんです。正確に言うと、全く興味がないというわけではなく、「もしできたら楽しいだろうけど、哀しいかな、私にはその才能がなかった」ぐらいの要素が一番良いです。その中のひとつが、私にとっては音楽なんですよね。
つまり私は、無意識に脳の相性が良い相手を求めていたんでしょうね。自分と同じ「思考」が好きな人、そして、そこに「自分と違う」要素が入ると、話が広がりやすいですから。だから、私がmcさんに興味を持って話し掛けたのは、色々ちゃんと理由があったんだなって思います。
 
そういえば、「高田馬場のテーマ」以外でmcさんの曲を初めて聴いたのが、「きみのイマジナリー・ラバー」だったのを思い出しましたよ。あれは何かの暗示だったんでしょうか(笑)。
 
「親に感謝」というテーマは、他人から最も賛同や感動を得やすいテーマのひとつですから、安易だとは思うんですけど、だた、その時の彼にとっては、一生懸命考えて出した案だったとは思うんですよね。彼の「親感謝和菓子」は、学校の読書感想文に似てるな、と思いました。一生懸命、大人に褒められるような読書感想文を書くような。そういうことを、子供の頃から刷り込まれて、それが癖になってしまうんですね。その中でも、「お利口さん」を求められすぎて壊れてしまった人が、「ひきこもり」になるんでしょう。そういう意味では、日本人のほとんどの人は、「ひきこもり」なんでしょうね。
「本気」っていうのは、リラックスしているか一生懸命かという基準ではなくて、解放されているかいないかという基準なんでしょうね。私は、「お姉ちゃん」として他人に気を遣っている時は、一生懸命ではあったけれど、本気ではなかったと思います。こうしてmcさんとお話している時は、一生懸命考えている時も、リラックスしている時もありますけど、どちらも「本気」ですね。

すみません、長文書いたあとでまたこんなこと書くのもなんですけど、気付いてしまったことがありましたので。たぶん私、卒業するのはカウンセリングだけじゃなさそうです。もっと色々なものから卒業するみたいです。
私、二次創作イラストサイト持ってて、趣味仲間の人と交流もあるんですけど、こうしてmcさんとやり取りしている半年間、放置状態だったんですよね。たぶん、これ卒業なんだと思います。その作品は好きですし、たまに描くこともあるかもしれませんが、少なくとも「交流」はもうしないんだろうなって。なんか私の中での興味がなくなったんです。そして、それはたぶん、趣味の交流だけじゃないんです。中学生時代や小学生時代からの友人の何人かも、たぶん卒業です。興味がなくなってしまいました。皆良くしてくれましたし、楽しかったですし、私の個人的な感情で一方的にこんなことになってしまうんですけれど。
ただ、「興味がなくなった」と言っても、すっきりさようならというわけでは全然なくて、自分が今まで築いてきたものや、大切にしてきたものを、一気に失って、何も持たないまま放り出されるような感覚がして、滅茶苦茶寂しくて悲しくて心細いです。こんなふうになるなんて予想外でした。自分が変わるということは、場合によっては、それまでの人間関係のほとんどを捨ててしまうことになるものなんですね。たぶんこれ、私の人間関係が変わる瞬間なんでしょうね。だから、今は寂しくても、これから新しくて楽しい付き合いが待ってるんだと思います。
なんかもう色々気付きすぎです。



いろいろよかったですね。
何かに気付くときって、必死に崖を登って頂上に着いたら一気に全部見えた!みたいな感覚で、ホントに一気に全部見えるので、そういう感じなのかなと思います。よかったです。
前もチラッと書いたですが、同じ趣味どおし、同業どおしって広がらないんですよね。「全く興味がないというわけではなく」というのは逆に言うと、ちょっと興味があるから、なんとなく想像がつく、ということでもあります。つまり、相手の言ってる異種の話でも、自分の経験やら趣味に当て嵌めて準えることが出来る程度の想像力があれば、話が広がるってことなのかなと思いました。実際僕は、ブライアンウィルソンは同業ですけど、それ以外では、ほとんど自分と関係のない人の話で自分を開いて行ったんですね。でも、まったく興味がなかったか、というと多分そんなことなく、話の内容に惹かれたからこそ、その奥まで入って行こうと思ったんだから、興味はあるってことなんですね。

同業の話で思い出したことがあるんですけど、高校時代の吹奏の部活ナカマや、東京時代の吹奏楽団のトラウマも同じなんですけど、当時の僕は、「音楽をやっている」という共通項で全員が繋がっていて、考えも一緒だと思ってたんです。ジャズをする人に対しても同じです。一緒だと思ってたんです。だから数々の不幸に見舞われたんですね。そんな勘違いをしてたものだから、話が通じない、価値観があわない。吹奏楽やジャズ学校の人と付き合ってるときは、そんなことばかりでした。ホントに辛かったです。
そのあと船橋時代に「JPOPを作る友人」が出来て、初めて「ああ、楽器演奏する人と音楽を創る人の感覚は違うのだ」と気付いたんです。
音楽をやってる、という共通項があるだけで、全然考えも思考も、実は合わなかったんですね。話も通じないはずです。当然のことだったんです。
なので、どこでどう、通じ合うか、似てるか、興味があるかっていうのは、全然判らないものなんだなあ、って。
これは今でも同じですよ。当時の吹奏ナカマとか、多分今も僕の音楽を好きでもないし理解もしてないと思います。むしろ、なんでドラムやめちゃったの?くらいに思ってるはずです。この無力感たるやw

思考は快感ですよね。昔から好きでしたね。ただ、昔は思考ばかりで全然実践(歌ったり作曲したりとか)しなかったので、いつになったらちゃんとするの?って周りからは言われてました。満を持して、というわけでもないですけど、時期が来たら自然にそうしたくなるさ、と楽観的に思ってましたが、実際にそうなったので、自分の予感もまんざらじゃないなあ、ってちょっと思いました。ホテル時代のことですね。
音楽はやっぱり、最終的に「実践」になってしまうので、それで証明できないと、机上の空論のヒトで終わっちゃうんです。その辺がちょっと試練でした。

日本人ほとんどがヒキコモリって面白いですね。それで思い出したんですが、茨城大に行った後輩がある日「最近の同世代の様子をみてると、みんな自分の意思があまりないのです。こんな状況では、ちょっとでも強い意志の持ったリーダーが現れたら、簡単に制覇できちゃいますよ」と言ったんですよ。リーダーになったり仕切ったりするのに、昔ほどのエネルギーも才能も要らない気がする、と。今の状況見てると、そんな彼の言葉を思い出します。「策士」と言っても、昔ほどの「見事な策」がなくとも、ミニ策士みたいにみんななれちゃうのかな、と思います。赤軍やオウムもそんな感じだったのかあ、とちょっと思いました。

コメントでちょっと書きましたが、ちょうど僕がホテル始めた頃、それまでの縁も切ってバンドも辞めて、新しい自分になろうとしたんですね。残った友人は、さっきの「JPOPを創る」友人だけでした。でもそこから、どどどっと開けて行ったんですよね。新しく始めるためには、何かが終わらなくてはならない、ってことだったんだろうと思いました。

それでも5年も経ってからまた、吹奏楽の後輩に再会したり、受け入れてくれた仲間もたくさん居ます。ちゃんと残るべき繋がりは、間が開いても、切れたと思っても、繋がり続けてるものだと思います。


本気、裸、ということで追記ですけど、自分の曲「夏休み」が出来て気付いたことがあって、自分はこれ以前には、音楽について「本気」になったことはあっても、「裸」になったことがなかったな。ってことでした。ご存知の曲の中では、高田馬場とかそうですし、僕らしく、とかもそうですね。もちろん創ってる最中は「本気&裸」と思ってるんですけど、あとになって、夏休みみたいのが出来ると、あああれらは違ったな、と気づくんです。過ぎると判るんです。
それまでの僕は、音楽ですら「裸」になることに躊躇していました。キャバレーやホテルで「本気」になることはできても、「裸」になるには、もうちょっとかかったんですね。この「もうすこしかかった」という話は以前もしたと思います。その話したときには自分も気付いてなかったんですけど、というか当時の気持ちを忘れてしまっていたのですけど、「裸」になるための時間がもう少しかかった、ということなんだと思いました。
ちなみに僕の中で、一番最初に「裸」になったと思ってる曲は「君が好きだよSong」です。その次に創ったのが夏休みです。そこからは、その方向性が変わることはありませんでした。一旦裸になると、次はもう、服を着た状態には戻れないんですね。
僕の「JPOPを書く」友人は、その辺が実に鋭くて、僕が裸になった曲以外は好きではない、と今も言います。高田馬場も好きじゃない、と言ってますw ある意味、真理だなあと思います。

お名前かえたんですね!


*宇野ゆうか
ありがとうございます。今はすごく身軽でスッキリした気分です。服を脱いで裸になって、さらに脱皮したような感覚ですよ(笑)。
「Ever Green MAN」、脱皮前は、正直あんまり気に留めてなかったんですけど、脱皮したら急に聴きたくなって、何度も聴いてしまいました。
 
今運営している二次創作サイトは、初めて作った自分のホームページなんです。そして、私のこれまでのお絵描き人生の中で、初めて二次創作をメインにした時期でもあったんです。交流してくれる人もできて、楽しかったです。ひきこもり時代は、随分これに支えられていました。
こっちは、「興味あるし、とりあえずやってみよう。やってみて合わなかったらやめれば良いんだし」というノリで始めたんです。だから名前も、「とりあえず自分を表すものがあれば、それで事足りるだろう」くらいのノリで付けました。でも結局、自分が思ってた以上にハマってしまったんですよね。
 
自分の萌えキャラを相手が描いてくれたり、その逆をして喜んでもらったりするのは、楽しいです。でも、付き合いがなんだか「褒め合い」みたいになるんですよね。ご機嫌取り型コミュニケーションになってしまうんです。そこがなんか、自分にとってはしんどいということに、気づいてしまったんですね。
私はこのやり取りの中で、mcさんの音楽を褒めようと思ったことはありません。それは、mcさんが、形だけ褒められても嬉しくない方だろうと思ったのと、私みたいな音楽について全然知らない人間が、プロの音楽家さんの創ったものを「褒める」なんて、失礼なんじゃないかと思ったからです。だから、結果的には、自分の思ったことだけを言う、という形になりました。
ブログのほうで、私のことを褒めて同意してくれるだけの人がいるんですけど、申し訳ないけど何の刺激にもなりません。それよりも、私のエントリを元に思考している人の言葉のほうが、短い言葉でもずっと刺激になります。結局そういうことなんですね。
ご機嫌取りって、ある意味楽だと思うんですよ。でもそれは最初の一回目だけで、回を重ねるごとに、自分もしんどくなるし、相手も傷つけてしまうことになるんですね。
 
「同人」という世界を知ったのは、中学二年生の頃でした。私が絵を書くのが好きだと知ったクラスメイトが、引きずり込んでくれたんです。それをきっかけに、他の同人趣味の子とも付き合いだしました。いじめは中一の頃が一番酷くて、それ以降も少しいじめは継続してたんですけど、その子のおかげで居場所がありました。初めて本格的な道具で漫画を描いたのも、初めて同人誌即売会に行ったのも、その頃でした。
ただ、高校に行って疎遠になってからは、私は漫画は描き続けましたけど、自分から同人関連に積極的に関わるということはしませんでした。結局私は「絵を描く」ということが好きなのであって、「同人」にはそんなに興味はないんでしょうね。
 
それに、今までの人生を振り返ってみても、自分にとって一番楽だった環境って、同じタイプの人間同士でグループを作って、常にその人たちと一緒にいるような付き合いよりも、タイプの違う人間が入れ代わり立ち代わり入ってきては、雑談して帰っていくような、そういう付き合いだったんですよね。もちろん仲の良い友達というのはいるけど、人間関係が固定化されてなくて流動的になっているような。
ここの雰囲気ってそれに似てます。だから、私はこっちのほうが合ってるんでしょうね。私はこっちがメインだということがわかったので、名前に存在感を持たせようと思って、単なるidネームじゃない名前にしました。
 
今思い返してみれば、私は「お姉ちゃん」の殻が剥がれ落ちた瞬間から、「直感」が働くようになりました。一番最初の直感は、「カウンセリングを受けるべき」でした。そして、これは正しかったです。それからは、何度か直感が働く場面があって、私はその通りに動いて、回復してきたように思います。mcさんに話し掛けたのも、「今、この人と話すべき」という直感が働いたからで、そしてそれは、やっぱり正しかったんですね。
今回の直感は、「『趣味』の付き合いよりも、『思考』の付き合いをメインにするべき」「二次創作を一旦休止して、一次創作をするべき」です。
 
この直感、母が私の進路を誘導した時も、実は働いていたように思います。「これは嫌だ。私に向いてない」と。でも、「お姉ちゃん」だった私は、それをしっかりと感じ取ることができずに、洗脳されてしまったんですね。だから、本来の自分を抑圧して、偽りの自分で生きているうちは、直感は感じ取れないものなんでしょう。
私は、3歳の頃に弟が生まれたとき、「お姉ちゃん」にさせられてしまって、「自分の人生を自分で決めて行動する」という、精神の肝心な部分の成長が停滞してしまいました。「お姉ちゃん」の殻が剥がれ落ちても、自由になれないし行動できない。3歳児は怖がってその場で蹲って泣くだけなんです。これは私が生きていく上で、一番大きな問題です。でもその分、これからの私の人生、重要なところでこの「直感」が働いて、私を助けてくれるだろうと思います。
 
mcさんが「カバーばっかりしてるプロ音楽家なんて変」と仰っていたのが、なんとなくわかるような気がします。二次創作はアマチュアがやることですもんね。二次創作しかしないプロ絵描きって、変ですし。それに、二次創作なら、原作が好きな人に見てもらえますけど、一次創作だと、本当に絵が上手かったりセンスが良かったりしないと、見てもらえませんからね。

すみません、色々気付いたので、長いですね(笑)。
 
以前、「いじめと家庭環境が原因で、考える必要に迫られた」と申し上げましたけど、私は結局、考えるのが好きなんだと思います。好きじゃなかったら考えないでしょうね。今から思えば、この「思考が快感」という自分の性質に、私は随分助けられたと思います。あの環境下で、自傷行為に走らず、大した家庭内暴力にも発展せず、そこそこに家事もして過ごせたのは、「考える」ということにエネルギーを向けられたからという面もあるのかな、と思いました。
「時期が来たら自然にそうしたくなる」というのは、私も、ひきこもり回復過程でそう感じていました。そして、その通りになって行ってると思います。
 
そちらの人たちって、表面的にはニコニコして、本音を言わないんですよね。ちょっと、うちの母に似てるのかなって思いました。
母はごくごく「普通」の人なんですよね。典型的な普通の日本人です。母は、本音を抑圧して、日本社会に過剰適応したタイプの人だと思います。母みたいな人はいっぱいいると思います。だからひきこもりもいっぱいいるんでしょうね。精神的には、私よりも母の方がひきこもりだと思います。
そちらは、仮面家庭というか、仮面地域って感じなんでしょうか。
 
そういえば以前、「接客は演技の仕事」というお話をしたのを思い出しました。演技という服を脱ぐ、ということだったんですね。
服を着ている時って、自分が服を着ているということに気付けないんですよね。裸の王様の逆バージョンというか(笑)。服を脱げて初めて気付けるんですね。



いろいろあって、人付き合いの難しさを実感してるところであります。

前に何気なくですが、ツイッターの独り言で、せっかく鳥かごから出て自由になっても、また別な鳥かごに入ってしまうんだ、と書いたら、そんな悲しいことは言わないでくれと反応があったんです。反応があって気づいたんですけど、僕の場合、誰かに、例えば母とかに強要されて「おねえさん」的な何かになったのではなく、自分から進んで、自分が受け入れられたカタチを演じていたのではないか、と思ったんですね。
僕は、親にはもちろん、近所の友達とか親戚とか、そういうあらゆる場所で受け入れられない子ども時代を送りましたので「受け入れられた」ことは破格に嬉しくて、それを忘れず何度も受け入れられたい、褒められたい、と思って、それを繰り返してた気がするのです。そういう子供はよくいますけど、僕はその極端な例じゃないかな。僕はよく、自分の姿やしたいことは、周りの他人が創るんだ、と言うのですけど、このこともそれを実証しています。僕は子供の頃から、常に何かを演じてきたのではないかな。その殻が破れて、素の自分が出て拒否反応があり、また演じる自分に戻る、そんなくりかえしで人生が進んで来た気がします。そうして行ったり来たりしつつ、徐々に自分が形作られて行った、そんな気がしますね。
何か具体的なものを演じろ、と言われるより、何をすれば受け入れられるのか皆目分からず、本当に苦労しました。そのうち実家を出て自由になり、そこからは、自分自身で、何が求められるのか探す日々だった気がします。相当きつい日々だったはずですが、よく宗教や政治運動などに参加もせず、ひとりで居られたもんだと思いますw 自分自身で見つけること、これだけは自分に課してた気がします。他人に頼らない。と。

カタチだけ褒められても嬉しくない、それはイコール、褒めて(っていうのも変だけど)頂くときも本音だ、って判りますから、自分の音楽に言及してもらえると、素直に嬉しいです。構ってもらえてる、という感じがしますw
人は難しくて、僕もそうですけど、場合によっては「決して褒めない」時もあるんです。相手がライバルだったりとか、いろいろ複雑な心境があります。そんで、ずいぶん後になってから「実はあのとき、好きだった」トカ言うんです。誰かが好きという感情って、難しいじゃないですか。ただ単に好き、と言えない、それを認めるのが悔しい、みたいな感覚が、若いときは特にあるんですね。それ以外にも、所属するサークルとの関連性、「あんな奴が好きなの?」って突っ込まれるとか。そうすると、相手に通じない、言いたい言葉や気持ちを伝えないまま関係が終わってしまう。そんな青春時代ばかりだった気がするんです。これは実際に曲にしてるんです。好きだと言えなかった、みんなに何を言われるか怖くて告白できなかったんだ、という歌詞があるんです。これは、仲間のことでもあり、もっと突き詰めると、母親だったりします。母は僕の関係する女性への目が厳しかったですから。あの子は下品で、とか、あの子は気が利くね、とか言って値踏みしていました。そういう「遠隔コントロール」的なことをするんですね。今書きながら気づいたですけど、最終的には「母に」気に入られることが目標だったのかなあ。うーん。

まあそういうことがあって、関連性、という付き合いは僕には無理だ、と。少なくとも自分を素で出せるようにはならない、と。それで千葉への転居を機に全て一旦切って、もういちど「素の自分」が、何とも関係性のない、独立した自分と言う単体が、何を好きか、何をしたいか、誰を好きか、そういうことを自分自身に問いかけて、ひとつひとつ答えを出して行ったんですね。その結果として「夏休み」が産まれたんです。何とも関連性がない独立した自分がやったこと。それがあの曲ですね。そうして僕も直感、というか、人間本来の本能ですよね。それがちゃんと働くようになり、その通りに生きられるようになったんですね。

こっちの人が本音言わない話。よく考えると、どこでも一般のひとはそうかもしれないですよね。じゃあなんで、僕は「こっちの人は特にそう」という印象を持つのか。それは僕の接してる交友関係が「そうではないはず」の交友、だからじゃないかなって思うんです。あとは僕の偏見もあり、田舎の人は素朴だから、みたいな感覚で居たら、大変な目に遭った、みたいなことなのかもしれません。「策士」という言葉にも通じますけど、純朴そうな顔をしてその奥では何考えてるかわからん、といった感触を持つ相手もいっぱい居ましたし、本心も言ってくれず、よそよそしい扱いはずいぶん受けました。つまりそれは、僕が受け入れられてない、ということでもあるんでしょうね。そういうような行動を「天然で」してしまう人々、というのが僕の印象です。悪気がない、だから心の底から傷つくんです。言葉や行動とは裏腹の、本音が丸見えなんですもの。その辺は東京の人にはないものですよね。都会の人はもっと上手く隠すでしょ?それがないんです。本音を言葉で言ってくれたほうが、どれほど救われるか。そんなことを思いました。

あ、補足。

>僕の接してる交友関係が、「そうではないはず」の交友、

これは、本来ならお互い開くべき関係なはずなのに、相手が開いてない、という印象を持つ、という意味ですね。僕は誰に対しても濃い付き合いしかしてこなかったので、普通の会社仕事ならともかく、音楽についてまで、事務作業みたいなあっさりした付き合いしかなかったのが、ショックだったんだと思う。それでも最初は頑張って溶け込もうとしたが、結局、自分がよそよそしく扱われてる、って2年位前に気付いてしまって、もう無理だってなったんですね。その時になって初めて、自分は東京の人間だ、故郷は東京なんだ、ってすごく実感したということですね。長年東京で頑張って、いろんな縁を繋げて来たから、今のこの地位になれたんだ、と思った、そんで、同じことをこっちでしろと言われても、それはちょっと酷じゃないか、って思ったわけです。そこから僕の絶望が始まった、とw

あと、母は男女関係だけにうるさかったように書いてありますけど、男女どっちもですね。僕の交友関係そのものに、口を出すヒトでした。それとなく、ね。遠隔操作的に誘導する感じですね。「あの子は育ちが悪い」とか「あの子の親はああいう仕事だから」とか、いろいろ言います。それだけならまだいいのだけど、そういう態度を母は、相手の親にも出すんですよね(参観とかPTAの集まりの際とか)。そうするとどうなるか、というと、僕はその対象の友人からいじめられるようになるわけです。当時は気付いてなかったですけど、おそらく友人の母経由で僕の悪口、というか、僕の母に嫌われてることを聞かされてるんでしょうね。そりゃあ、僕も相手に嫌われて当然ですよね。うちの母も意外に策士だったのかもしれないなあw


*宇野ゆうか
今から思うと、カウンセリングをやめたのは、脱皮のほんの前兆に過ぎなかったんですね(笑)。
 
前回、「二次創作を一旦休止して、一次創作をするべき」と言いましたけど、これ、ちょっと違うんです。今までデジタル中心で絵を描いてたんですけど、デジタルを休止して、紙と鉛筆だけで、そして「創作」も休止して、身の回りにあるものとか、写真とか、そういうものを描いてみたくなったんです。そして、ある程度そういうことをやったら、また何か描きたいものが湧き上がって来るだろう、その時は一次創作なんだろうなと、そう思ってるんですね。
前回は、直感が降りてきたばかりで、自分の中で整理がついてなくて、なんで自分がそう思っているのかわからなかったんですけど、たぶんこれも人間関係と一緒で、今まで自分が築いてきたものを、一度崩して、再構築し直すってことなんでしょうね。だから、これもとても寂しいんですけど、今までの自分の「絵柄」とも、ここでお別れですね。
人間関係はともかく、なんで「絵」までそう思うのか、別に好きでやってるんだから好きに描けば良いのに(笑)、とも思うんですけど、自分にとって「絵」は、幼い頃からの大切な一要素なので、自分を再構築するとなれば、そこに「絵」も入ってくるのかもしれません。
思考癖とともに、お絵描き趣味にも、私は助けられたと思います。一人だけでできる楽しみを持っていたから、発狂せずに済んだのかもしれません(笑)。
 
実は、カウンセリングをやめた直接的な原因が「褒められたから」なんですよね。こっちが真剣にぶつかっていったのを防衛されて、自分が優位に立てたと確信できた時点で、「よしよし」って頭撫でられたような、そんな態度を取られたので、「ああ、この人私のこと下に見てるんだな」と思って、それでやめてしまいました。
「褒める」っていうのは、場合によっては、相手を下に見るようなことにもなりますね。思ったことを言った結果として「褒める」ことになるのは良いんですけど、褒めること自体が目的で「褒める」のはご機嫌取りですし、これを、その分野において自分より上の人に対してするのは、ゴマスリみたいで嫌ですし、逆に失礼な気がするんです。ただ、ご機嫌取ってくれないと不機嫌になる人が相手の場合は、意図的に褒める場合もありますけどね(笑)。でも私は、それをする必要のない人のほうが好きです。
それに、「褒め合い」ってアマチュアだからやることなのかな、とも思いますしね。
 
直感って、すごくデリケートというか、ちょっとでも妨害要素があると、掴めなくなってしまいますね。私の場合、「この分野に関しては、相手の方が上だ」と思ったら、直感が拒否していても、従ってしまうという傾向があるんです。母に進路を誘導されてしまったのもそうですね。あの頃は、母のほうが社会のことを知ってる立場でしたから。
ということは、ちゃんと直感を掴めるようになるには、解放されることの他に、自分に自信を持つということも必要なのかな、と思いました。
 
そういえば、母も田舎育ちなんですよ。自分の本音がわからない人なんですよね。無自覚な人に自覚しろというのは難しいです。本人は、認めてしまったら終わり、みたいなところがあるのでしょうし。私を無意識に誘導したあたり、母も「天然で策士」なんでしょうかね。まぁ、母もだいぶマシにはなりましたけどね(笑)。
一人ならまだしも、集団でそういう状態だと、もっと難しいんでしょうね。認めてしまったら、集団の均衡が崩れてしまうような状態なんでしょうか。



こないだブライアンウィルソンのことを思い出してからココ1週間いろいろ聴いてます。僕が「ちゃんと」曲を創りたい、と思ったきっかけはこのヒトとの出会いなので、かなり大きいと言えます。忘れてた曲などがあり、作曲始めた当初の「青臭い」気持ちとか思い出しますねw
僕も家ではもちろん、いろんな曲をコピーして参考にして勉強してたわけだけど、最初のうちは、他人に見せるライブでもカバーやってたんですよね。でも、なんか違う。始めのうちは、オマエが歌うと興ざめだ、イメージが壊れる、とか否定されました。そのうち上達してくると今度は、恐竜的なヒトに喜ばれるようになって、それが最初のうちは嬉しかったですけど、「今度はこういうのやって」とか「こういうのは出来ないの?」とか言われたりするうちに、徐々に「ああ、喜んでるヒトは、僕だから喜んでるのではなく、曲を喜んでるんだ」って気付いたんですね。当たり前なんですけど。もちろんカバーやっても下手でセンスのないヒトもいるんですが、例え上手くても、自分にとってはあまり意味がないような気がする、と思いました。
最近キュレーターって流行ってますけど、カバーの選曲も「キュレーター」的な部分があって、「何を」選んでカバーするか、ということでかなりセンスや主張が反映されます。以前ご覧頂いた、墓掘りのカバー動画、ありましたけど、ああいう「極めて珍しい」曲は喜ばれます。それでも、オリジナル曲が多数あって、その中にあれが混ざってるからピリッと締まるんですよね。そういうこと、いろいろ学びました。
それもこれも、裸になって人前でするようになったからですね(表現がエロイw)。
なので最初のうちは、どんな反応も嬉しかったです。微笑ましく見られてたのかもしれませんね。そのあとCD出すようになってからですもの。叩かれるようになったのは。

絵柄とかと同じように、僕も自分が裸になったあとは、音楽の好み、聴くほうもするほうも全然変わったんです。過去に聴いてたものはしばらく聴けなくなりました。自分がまたいつ、閉じてしまうか、すごい怖かったんだと思う。なので全部封印。趣味とかも本とかも。
あと、創作を一旦休止した、と言う部分は、僕の場合だと、ドラマーやってた時期になると思います。ドラマーやってた時代、ホテル始めるまでですが、その間は、ほとんど曲を書かなかったんです。そこで一旦クリアになったと思います。
いまも、同業のヒトより全然関係ない話をしたほうが頭が冴えてくる、というのは、脳内がぐちゃぐちゃになってくるので、クリアしてるのかもしれません。リセットってほどでもない感じ。

誘導の話は、独り言でもずっと続いてますね。これはもうちょっと考え続けたい気がする。何か考え続けることがある、というのは面倒だなと思う反面、楽しいんですよね。好きなお菓子を食べ過ぎないよう気にしながら、楽しんでかじってる、そんな感じです。

田舎の話、ゆうかさんに言われて、ずっと考えていました。偶然トルコライスの話を見つけて笑いました。あの記事書いたヒト、支局長なんですね。さぞ大変だったことでしょうw
田舎のヒトが無自覚で認めないのは、プライド高いからなんじゃないかなあ。それも自分では気付いてないと思うけど。僕が東京に行って自分を発揮できるようになったのは、土地柄人柄もありますけど、日本の中心の土地に居るんだ、という安心感もあった気がするんです。僕が行ってた小中学校が一貫で国立だったんですよ。市内の名士の子女が集まって、みんな趣味もよかったけど、プライドも高くて、大変と言えば大変でした。そんな中、僕は「普通の」公務員の子どもなので、よくバカにされました。同じ町に居るくせに「田舎モノ」とか言ったりするんです。センス的なものでしょうけど。そんなこともあって、絶対、東京のど真ん中に住んでやる!って昔から思ってたんですね。なんか可笑しいよね。そんな東京が、好きになれたことは嬉しかったですね。もし嫌いだったら、今の僕はなかったでしょうね。

まあそういうわけなので、日本の縮図じゃないでしょうかね。面倒は起こさない、空気嫁、みたいな人々なんじゃないかな。実際そうだってTTさんも言ってましたし。僕はそもそもヨソモノなので、そのTTさん以下の扱いになってしまうのですけど。

そこに住んでいながら、悪く言うって、すごい不健康だと思うんですけど、自分はそこまで悪く言ってるつもりがない、というか、ほとんどのヒトは気付いてないだけなんだと思うんです。
そういえば僕は、何かの趣味の団体、アーティストのファンサイトとかに言って、そのアーティストじゃない別なヒトの話題をするのがすきなんですよ。ファンのヒトって一途で何も見えなくなってる部分があるでしょ?そういう直線的な視線を、少しでも逸らせて多角的に広く出来たらいい、と思ったりするんです。余計なお世話なんだけどね。でも、別なヒトを一旦好きになって、それでまた元に戻ったら、元々好きだった相手の、また別ないい部分を発見して、惚れ直す、とかあると思うんですね。僕はそういう中で、邪魔と思われても、他にもいいヒトは居ますよ、的にわざと言うんです。この土地に来て、わざわざ土地の悪口言うってのは、それにちょっと似てる気がするな、と昨日思いました。実際それで、視野が広がったといってくれるヒトも居るし、そもそもほとんどの住人は、この街から出たことがないんですから、僕みたいな「嫌なヒト」も居る意味はあると思います。だからこそ、あんな歌(新曲)も歌うわけですね。

ずっとビーチボーイズを見てるのですが、思ったのは、まあロックやジャズとかクラシックでもそうなんですけど、だいたい芸術関係者は破天荒で人格壊れてるヒトも多いのですけど、その中でも僕がとりわけ彼らに惹かれたのは、そのブライアンもそうですけど、弟のデニスの壊れっぷりがすごかった、というのもあります。グループのメンバーのうち3名はウィルソン兄弟なんです。兄弟だから、当然家庭環境も同一ですね。父の半端ない虐待は長兄ブライアンが一番受けましたけど、その下のデニスもすごかったらしく、メンバーや奥さんのインタビューでは、人格は常に壊れていた、ということです。デニスは83年に溺死してしまうのですけど(バンドない唯一のサーファーだったのに!)、その際の奥さんの話が実に泣けまして、「彼は最初から精神は死んでいたようなものだった。常に極端に走り、愛を求め続けたヒトだった。他人が喜ぶ顔を見るのが大好きだった」と。
そういう人でありながら、ブライアンも同じですけど、美しい曲を書くんですね。それがなおいっそう悲しいわけです。それまで僕が知ってたロックのヒトは、「ロック」そのままの人生を、そのまま姿や音楽でも表してるヒトがほとんどでした。そんななかで、ビーチボーイズだけは、すごく例外で、音楽自体にはほとんどそれが顕れていない。僕にはそれが、究極のポップだ、と思ったんです。でも、人格が表現物に反映されていないはずがない、じゃあ、それはドコから読み取れるのだろう?というのが興味を持って研究し始めた始まりだったんですね。そうして、彼らの音楽や育ちなどをさらって、自分の人生に準えていくことで、自分自身も解放されて裸になっていったんだと思います。
裸になった結果が、結局僕の場合も「ポップ」だった、というのが面白いのですけど、というのは、裸だということが他人からは見えにくい音楽じゃないですか。ロックとかオザキみたいに壊れてたほうが、より裸でロックに見える、でも、僕の望むことはそういうことじゃない、と。たぶん、ですけど、僕はもっと自分が強くなりたかったんじゃないかって気がします。強く、という言い方も語弊があるかな、甘えたくなかった、という方が近いかな。ゆうかさんがおっしゃってましたね、自分の中の赤ん坊、って。
裸で破天荒だ!っていう表現スタイルは、僕にとっては、「そういうオレを見るのだ!」っていう押し付けが強くて、逆に甘えてるように感じたんだと思うんです。ちょうど、酒飲んで暴れたりするヒトと同じ感じ。僕がしたかったのはそうじゃなくて、自分自身でちゃんとそれらの感情を処理してから、提示したかった、そんな感じだと思いました。

僕が聴き始めた頃、日本でビーチボーイズを聴いてる「ロックファン」のヒトはほとんど居なかった。他のジャンルやバンドは、筋金入りのマニアとかがたくさん居て、恐竜おっさんが仕切ってたり、薀蓄垂れられたり、けっこう邪魔くさかった。
そういう中で、ビーチボーイズだけは、その2流っぽいイメージも幸いして、ダサい音楽というので、誰も注目してなかったのね。だから僕は、ほとんど誰も居ない、誰かの垢もついてない、ほとんどマッサラの道を歩いていくことが出来たのよ。恐竜に支配されなかった音楽だったんだよね。
当時の音楽ファンの間では、ビーチボーイズを認めてるかそうでないかが、お互いを認め合う一種の指標みたいになってた。「最近何聴いてる?」「ビーチボーイズだね」ここで「はぁ??サーフィン好きなの?」と来たら「ああ恐竜さん乙」となり、「おお!いいよね!」となったら、無言でも分かり合えた、みたいになった。

たぶん、だけど、今の日本でビーチボーイズ好きなヒトは30代くらいが一番多いはず。すごく古い音楽なのに、マニアの間で現象になるくらいブームになったのは90年代以降だからね。そういう「新しさ」のなかに、僕は「自由」を見つけたんだと思った。

ゆうかさんの日記を読ませていただいたとき、どこか自分のような感覚も持ちながら、もうひとつ何かデジャブ的なものを感じてたんですけど、それは多分、ビーチボーイズを必死にさらってた頃の自分自身の姿も、そこに読めたからなのかもしれません。
当時と違い、最近はもう、ほとんど彼らの音楽を聴くことはなくなっていました。「本当に」久々に、ちゃんと、耳だけでなく、「心で」聴いた気がしますね。こうしてまた再び向かい合えたことはとてもよかったです。ありがとう。


*宇野ゆうか
今色々と思い返しているんですけど、二次創作サイトを持とうと思ったのが、まず自分のイラストサイトを持ちたいと思ったのと、好きな作品が日本ではマイナーな作品で、ただでさえファンサイトが少なく、さらに自分の萌えキャラをメインで扱っているサイトが、ほぼないと言っていい状態だったので、「萌え不足」だったんですよね。なので、自分でやってみようと思ったというのがありました。
自分で活動してみると、けっこう同種の人たちが見つかるんですよね。向こうから発見してもらったりして。そのうち、数は少ないけれど、自分の萌えキャラを描く人たちが見られるようになったんです。だから、もうある程度自分の中で、萌えが満たされたのかなぁと思います。
 
絵柄や絵の好みが「変わる」というか、ある意味「戻る」気がします。本当はどんな絵が好きだったんだろう、どんな絵を描きたかったんだろう、例えば画像検索して今の自分の絵が出てきたとして、私はその絵をクリックして見たいと思うだろうか、とか、色々考えますね。そう考えていくと、今までかなり「寄り道」してたような気がするんです。まぁ必要な「寄り道」ではあったんですけど、もう必要なくなった、ということですね。
そろそろ自分の本流に戻るというか、絵にしても人間関係にしても、本来あるべき自分の「軸」を作っていく時期なのかもしれません。
なんか不思議な気分ですね。人生の中でこんなことってあるんだなぁ、という感じです。
 
ビーチボーズのお話と繋がるのかどうかわかりませんけど、朝日新聞の社説のオヤジみたいな人からすると、「最近の若者って、何考えてるのかわかりにくいから不気味」という感覚があるのかもしれませんね。「いっそ尾崎豊みたいにしてくれたほうが、わかりやすいのに!」という部分もあるのかなぁ、と思いました。
以前mcさんが、尾崎豊の影響受けて尾崎スタイルでやり始めた人のこと、「『カリスマ』という服を簡単に着れる装置」と仰ってましたけど、あれって、裸を演じてる状態なのかなぁって思いました。裸スーツを着てるというか(笑)。
mcさんの場合は、裸を見せつけたいというよりは、さり気なく裸でいたい、という感じだったのでしょうか(どんな表現やw)
 
田舎の人のお話、奈良から出たことがない私も、無自覚に当てはまる部分があるんだろうか、と考えてしまいます。そして、考えた上で浮かび上がってきたのが、父の存在でした。
父は母と結婚する前、船乗りだったんですよ。船舶会社に調理師として勤めて、世界のあちこちを回っていたそうです。もっとも父の場合は、「世界に出てやる!」という目的があったわけではなく、家出みたいなものだったようですが。それでも、自然と視野も広くなったでしょうね。船乗り時代の父の話も色々と聞きました。
そんな父だからこそ、日本や奈良の良さが分かったのかもしれません。子供たちに、あえて鯨を食べさせたり、たまに落語や狂言に連れていったりと、日本の伝統文化的なことに触れさせようとしていました。
兄弟のうち、それを最も面白がっていたのが私なんですよね。父は色々と性格に難のある人ですが、父のそういう部分は、私が意識している以上に、私にとってプラスになっているのかもしれない、と思いました。
 
あと、よくよく思い出してみると、過去に私の直感を阻害した人は、私より知識や能力が上というだけじゃなくて、何かしら、私を自分の思い通りにしようとしている人でした。まぁそりゃそうですね。
逆に、私をコントロールしようとしていない人からは、影響を受けるということはあっても、直感は阻害されなかった、というより、むしろ直感を引き出してくれる人がいたように思います。mcさんがそうであるように、ですね。



そうそう。戻る!って感じなんです。作曲する友人、2名居たんですけど、彼らに出会ったとき、自分はなんで今まで寄り道してたんだろう?って確かに思いました。他人から見られるイメージ、それを意識するあまり、他人のイメージをコントロールしようとしてたのかもしれません。裸の自分が悟られるのが怖くて、必死に別なものになろうとしてたというか。それは、親や学校の人々に、僕が否定され続けてたからですよね。裸の自分が他者に認められて求められた経験がないから、自然に装って偽るように、演じるようになる。それがいつしか、自分のカラーになっていく。怖いです。
僕が今の音楽性を続けてるのは「自分が聴きたい音楽がこういうもの」だからです。ゆうかさんのお好きなものがマイナーだったので自分で作りたかった、というのと同じように、僕も自分の好きな音楽があまりなかったので、自分でしようと思った。僕の場合オリジナルですけど、音楽なんか、いまやどうしても何かに似てしまうし、デジャブみたいなメロディになってしまうので、広い意味では、JPOPも二次創作の一種なのかもしれないなあと思ったりしています。その辺は過去にもいろいろ考えたことでした。

自分に余裕があると他者も認めることが出来ますよね。心が広いっていうか。狭量なのは視野が狭いからだと僕も思います。北海道時代の僕はそうだったと思いますし、親も同じでした。そして今のこっちの恐竜の人々も同じです。そして、悲しいことに今の僕自身も、そういう風になってるでしょうね。悲しいです。今の僕は、自分が一番嫌いだったような人間に、北海道を出て捨ててきたはずの人格に、戻りそうになってるんです。それがものすごく嫌だし怖いです。
今ふと思いついたのですけど、広い川はゆったり流れてるじゃないですか。それが狭くなると一気に急流になる。地方の感覚ってそんな感じがするのです。巻き込まれて潰されて一人一人の小さな個性なんか、ないのと同じになっちゃうんですね。今後の自分を今は案じてます。次の行動を起こさないとまずいだろうなあと思ってます。

尾崎のことはそのとおりですよね。分かりやすい裸。でも社説のおやじみたいなヒトが、若者を読み取れないのは、ただ単純に感受性の劣化なだけだと思うんだよなあ。
こないだ独り言で書きましたけど、おっさんが増長してくるのは、まわりに下の人しか居なくなってきて、そういう様々なコミュニケーションに関する努力をだんだんしなくなり、その部分の感性が劣化したから、理解できなくなったものについて文句言うんじゃないか、って。たぶん、音楽について僕に絡んでくるヒトは、そんな感じなんだと思う。これも、人生の先が見えて余裕がなくなってきてる、ってことですもんね。その条件は誰でも一緒のはずなんだけど。

新曲は、そんな僕の作品の中では「分かりやすい裸」を演じてるものじゃないかな、って気がしますw


*宇野ゆうか
私は、「お姉ちゃん」で塗り固められた人生の中で、絵は私の自由になるものだったと思っていましたし、確かに自由だったのだとは思います。でも、まさか絵でも、本来の自分を取り戻す作業が必要になるとは、思っていませんでした。その時の自分の状態が、無意識に描くものに反映されるんですね。
アナログからデジタルで描くようになった時のことも思い出してます。アナログ時代は漫画形式で描いてましたから、白黒だったんですね。デジタルだと簡単にカラーイラストが描けますから、描いてみたんですけど、そこで自分が色塗りが下手だということに気付いたんです。だから、ネットで資料探して写真を見ながら描いたり、イラストレーターさんの絵を参考にしてみたりして、徐々に上達していったんです。
ただ、ここ数年は絵柄が固定されてるんですよね。良く言えば安定してるんですけど、まぁ成長が止まったってことですね。ここら辺でまた何かに気付いて、次のステージに上がる必要があったんでしょうね。
 
仲間内で「あんなのが好きなの?」って言われるというお話、よくよく思い返してみれば、学生時代はそういうことあったような気がします。どの芸能人がタイプとか。
それと、先生を好きになってしまったことを誰にも言えなかったのも、そういう部分があったと思います。誰かに言って、その人がうっかりバラしてしまうのを恐れたというのもありますけど、先生を好きになってしまった自分がどう思われるのか、変だと思われるんじゃないのかと恐れていた部分もありましたね。当時、私は友人の恋愛相談にのったりしていて、友人は私に恋愛の相談するのに、私は誰にも相談できない、とか思ってました。
当時は、「既婚のおっさん」を好きになってしまった自分を、なかなか認められなかったです。まぁ、高校生にとっては、先生は十分おっさんでした(笑)。それに、父の浮気のこともありましたしね。でも、「認めたくない」と思うこと自体、認めてしまっているも同然なんですよね。
ずっと自分の中だけに仕舞っていた気持ちでしたけど、ここでmcさんにお話したことで、少し楽になれました。まぁ、最後まで片思いで終わったから、キレイな思い出のままでいられる、というのもあるのでしょうけどね(笑)。
 
そちらの人たちが本音を言わない、空気嫁というお話で思い出したのが、少年犯罪のことなんですよね。そういう集団って、必ずどこか、一番弱いところににしわ寄せが行きますよね。もしかして、そういうことなのかな、と思いました。
 
以前、「女の勘」が鋭い理由について、歴史的に女の方が立場が弱かったからという説を聞いたことがありました。立場の強いほうは、相手のことを考える必要がないけど、立場の弱いほうは、相手の都合や考えを読み取り、観察する必要があるからだと。私は、自分と親との関係から考えて、この説は一理あるかもしれないと思いました。
私は、自分より立場が下の人と接する時に、その人の器が見えると思っているんです。誰だって、自分より上の人には、ある程度それなりに振る舞います。自分より下の人と接する時に、本性が現れるんですね。自分が親のことを見抜いていた経験から、自分のことを見抜く人間は、自分より下の立場の人だって思ってます。
 
そういえば、mcさんの新曲は、「三ツ矢サイダー」とはまた違う感じがしましたね。



なるほど。
最近は目まぐるしく状況というか心境が変わり、どの段階でレスすればいいのかわからなくなりそうですw でも変化はお互いいいことですよね。

固定されているというのは、僕の作風も一緒でしたものね。成長が止まって、とも言えるし、安住して自ら止めたと言えないこともないです。安住の地を探して放浪してたから、一度落ち着くと、次に動き出すのに、多少エネルギーが要るのかもしれません。気持ちのほうは、止まっていてはいけない、と思っているのに踏み出せない。今日もさっき、ピチカート小西氏の性癖というものについて、ある人と話してきたのですけど、やはり、停滞してることについて自分で危機感持つので、無理クリ縁切ったりとか、そういうことで、自分を追い込んでいくのは、ある種のクリエイターの習性だろう、ということになりました。
上達の途中で停滞というのは必ず来ますね。その際に「自分は停滞している」と認めることが出来る、というのが「裸」化w の第一歩だったのかもしれない、と思います。それを他人に指摘されたら多分、否定したはずです。自分で気付かなければならなかった。自分で、というところが重要ですね。僕の場合、教えることも教わることも出来ませんし。
他人によく相談される、というのは自分に似てるので、読んで笑いました。そんで、いざこっちが相談しようとすると、周りの人みんな逃げちゃいましたよ。ひどいと思いました。ゆうかさんにとっての先生は、僕にとっては高校のときの、OBのおねえさんだったかもしれません。外に開いた世界は憧れて見えるんだろうな、って、今振り返って冷めて思ってます。

これは独り言でもよかったのだけど、せっかくの旬な話なので、ここで書きます。さっきある場所で僕の新曲について話していると、彼の知り合いというヒトがやってきまして、その人は40代と言っていましたが、その人含めて3名で、僕の新曲を聴いたのです。そうしたら聴き終ってから「まさに、僕らの世代が元気付けられる曲だ。すばらしい」って言ったのですよ。僕はもっと若いヒトに反応があると思ってたのでびっくりしまして、まあその人も、自由業なので一般的な40代とはちょっと違う気もしますが、意外でした。それで思ったのは、実のところ、おっさん世代も内心は、おっさん的価値観や説教を嫌だと思ってるんじゃないか、でも誰も言い出す人が居ないから、それこそ空気読んで黙ってるんじゃないか、って思ったんです。成人の日の社説とかも、誰かに媚びた結果としてあんなこと書いてる、と。誰かも確か指摘してましたけど、全体がそんな感じなんじゃないか、って。個人個人ではちゃんとそういうこと思ってるくせに、口に出したり行動起こしたりしない、というのは、なんだかもっと深刻なような気がして、僕のこの新曲は、そういう層にアピールしたら、実は面白いのかもしれない、とか思いましたね。これから、どういう反応があるのか楽しみです。そうそう、今回はサイダーではないですよね。そういう意味でも、新たな一歩かと思います。

マイノリティの勘の話。
そうそう!マイノリティは思考する、というのはそういう流れですよね。忘れないうちにメモしておきます。山田あかねというヒトと、似た話をツイッターでしました。彼女、その発言で叩かれてましたけどね、僕は正しいと思ってたので。 僕が自分がマイノリティと思った、っていうことも考え続けてるところです。ぶつかる壁が多いほど、それを打破するために考えますからね。例の、僕の女性好きの話、その辺に繋がってくる気がします。その辺掘り進んでいくのは楽しみです。


*宇野ゆうか
自分を追い込むために縁を切ったというのは、今回の私がそうでした。カウンセリングをやめたのも、自分を追い込むのが目的でしたし、二次創作関係の交流を絶ったのもそうですね。
たぶんこれらは、「ひきこもり時代のもの」だったのだと思います。ひきこもり時代には私の支えになって必要なものだったのですが、もう必要ありませんよ、ということなんでしょうね。だから、今回の脱皮が、精神的な意味での「ひきこもり期」の終わりなのかもしれません。
 
私の場合、「停滞」を指摘する人が周囲にいない状況なのですが、もしいたとしても、やっぱり認められないんでしょうね(笑)。
色塗りが上達しても、結局絵で一番大事な工程は、下書きから線画までなんですよね。アナログ時代に、漫画や切り絵で「線」が上達して、デジタル時代に「色」が上達して、また「線」に戻っていくんだと思います。
 
そういえば私、自分が相談する相手は、自分より大人の人たちでしたよ。自分に相談してくる同級生とかには、相談しようとすらしなかったです。たぶん、無意識に自分の相談内容を受け止められる相手を選んでるんだと思います。そしてそれは、私に相談して来る人も同じかもしれませんね。
学生時代は、仲間内で「こういうもの・人を好きになるべき」という基準みたいなものがあって、それに振り回されてしまいがちなんでしょうね。特に恋愛とか性とかに関してはそうかもしれません。それもまた、狭い世界で生きているからですね。
 
40代の人がそう言うの、最初は「面白いな」と思ったのですが、だんだん「そうかもしれない」という気がしてきました。私の世代って、最初から明るい未来を信じてなかった世代ですから。むしろ、40代ぐらいの人たちのほうが、明るい未来を信じて、「こんなはずじゃなかった」という気分になった世代かもしれませんね。
それに、若者のほうが、そういう空気とかのしがらみに囚われにくい分、言いたいことが言える立場なのかもしれません。独身で守る家族がないというのは、ある種の強みなんでしょうね。守る家族がいると、なかなか空気を破るようなことはできないでしょうし。
商売相手が若者ではなく「日本のマジョリティ」の人の場合は、「日本のマジョリティ」に対して良いことを言わないといけないから、そこで空気ができてしまうんでしょうね。
もう今までのやり方は通用しないと思っていても、自分と家族を守るために、沈みゆく船から降りられない人が、40代には多いのかもしれないと思いました。それに、40代の人たちは、もしかしたら今の若者よりも、自分の生き方ができなかった世代なのかもしれませんし。
 
勘っていうのは、その人が普段からアンテナ張っていて経験を積んでいる分野で、鋭くなるんだと思います。男性でも、仕事のこととなると勘が働く人は多いですし。人間関係においては、歴史的に女性の方が、アンテナ張って経験積まないといけないような立場だった、ということなんだと思います。



【編集後記】
いまクラシックギターのライブを編集しながら、いろんなこと思い出していた。前にここで書いたけど、吹奏楽をやってると、高校生くらいになると必ず「自称ジャズ通」というヒトが現れて、嫌みな指南をしていく、という逸話があったけど、なんでそれが嫌なのかって言うと、そもそも「吹奏楽」とジャズは関係ないと思うからなのよね。使う楽器は一緒でも、吹奏楽ってクラシックを基本にイギリス系のブラスから発展したものだと思ってるから、そこから派生したデキシーランド系の流れは、吹奏楽とは違う亜流だと思ってる。そこは混ぜちゃいけないのよね。そっちするならそっち、こっちならこっち、って明確に線引きがある。なのに、そこを無理強いして、ジャズはこういうもの、とか言って持ち込むヒトって、僕の中では、おっさん的価値観を無理強いして来る人、みたいに同一視して見えたんだと思う。空気読め、とか、オトナの社会はこう、とか、そういう価値観を無理クリ持ち込むヒト。吹奏楽なのに「ジャズはこう!」みたいに無理強いしてくる。それが出来ないと「リズムに乗れないダサイ奴」みたいな空気。それがすごく嫌だったんだろうなって思った。

僕は幼少の頃からロックも聴いてて、別にそういうノリを吹奏楽に持ち込む気は全くなかった。むしろ邪魔。吹奏楽は吹奏楽で別物だから、それをきっちりする、ということ以外考えなかった。なんで、妙なジャズ乗りをしなきゃ行けないのか、理解できなかった。そんなトラウマを今も引きずってるんだろうなって思う。
僕の中では不思議に、橋下みたいなヒトと、無理にジャズを持ち込もうとするようなタイプが同一のように繋がって見える。どっちのヒトも、自分のしたいように世界を変えようとするヒト。それとジャズ愛好家。それが同じように見える。そういうことなんだろうと思ったな。


また例の日が近づくってんで、地元のチャリティライブなどの告知がやかましいのだけど、その出演者の女子歌手のメンバー見て気付いたことがある。歌手をサービス業と勘違いしてる感じって言うか。確かに歌は上手いのだけど、その辺のお店に行けば似たレベルの子はいくらでも居そうだし、っていうタイプの人が多いような気がした。
「芸能系歌手」の悪いところだけ真似しましたって感じのヒトが田舎には多いのかもしれないって思った。まあ、いまの時代、おっちゃんから金集めないとならないから、それでいいのかもしれないけど、僕はちょっと違うかな。

そんで思い出したのだけど、そういえば昔、世界的笛奏者の大御所先生と学校ツアー周ったときがあってね、その打ち上げで「歌のお姉さん」担当のヴォーカルの子がビールお酌して周ろうとしたら、その先生が「そういうことをしてはいけない!」ってマジメに注意したんだ。海外活動多かったヒトだし、その辺しっかりしてたんだよね。別にその先生だけでなく、周りの同僚も総じてそういう考えだったし、そう考えると、僕の活動は東京では、そういう恵まれた環境でやれてたんだな、と。いま思い返すと幸せだったな、と思う。

だから勘違いしちゃったんだけどね、世の中も同じようにきっと進んでるんだ、って思っちゃったので。実際は、世の中のジェンダー感とか、ホントは全然変わってなかったんだ、って知ったのは最近のことですよ。kobeni_08 さんとかの日記で提示されたのはそういうことだったんだよね。
その辺の考えをまとめたのが「輝くはずだった未来」という話だった。僕らは異次元で生きてた。他所の世界を知らなければ多分幸せだったが、そのままだったら、今の出会いはないんだよなって思うと、現実を知ったことが、僕の新しい一歩の始まりだったんだろうな、って思う。

まあでも何の疑いもなく自分の時代の価値観のまま老いさらばえていく人生というのも幸せなのかもしれない。だって勝ち抜き世代だモノ。

僕が前からこの連中のことをことさら気にするのは、僕も世代的には、そっちにじゅうぶん含まれてて、実際誘われたりしてたからだよね。ちゃんと棲み分けできるなら、そっちはそっちで、どうぞご勝手に、って言える。でも存在感でかいので、どこからでも見える富士山みたいに居られちゃ目障りだ、ってのがあるね。

僕がこっちで好きだと思う業界のヒトは、全員「一匹狼」的存在になっている。そうならないと、耐えられないんだと思う。僕もそういう風に超然としていられたらいいんだけど、そこはまだまだ難しい。仕事関係が整理されて安定してこないと、ひとり立ちはできないのよね。今後の課題はそこでしょうね。

これからは、ひとりひとりの新しい道を。


farewell.


日本復興コンピレーション・アルバム『Play for Japan 2012』
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