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往復書簡 その1

2011/10/13 (木) 09:37:49
というわけで。超ロング書簡なので読み応えあると思いますし、むしろ無理して読まなくともいいかもしれませんが、一応あげておきますね。お相手の方(yuhka-unoさん)の発言は引用にしています。

それから、やり取りしてゆく途中から、徐々に当初とは考えが変化してくる部分もあります。初めのほうの部分だけ読んで、結論を想像してしまうのは、ちょっと違うかもしれません。そういうことを考慮しつつ、ゆっくり読んでいただければ(現在進行中なので、どんどん追加していきます)。


【往復書簡】
最近 yuhka-uno さんの一連のエントリをざっと読んで、僕がこの土地に来てからの苦悩の原因は、ほぼそこに書いてあるとおりの感じなんだなあ、と思った。
成人してからの僕の成長の歴史は、彼女のブログで提示されてる様々な問題を、自分で気づき、対処法を見つけ、環境もそれに合わせ、歩んできたものだった。その過程で付き合う人間も自ずと変化し、自分自身の仕事レベルも向上し、なんとか望みのスタイルで仕事が可能になったのだ。

コチラに移住して起こったのは、それら全部をチャラにされる、ということだった。すべては自分が成長を始める前の状態に戻ってしまい、もう一度頭からやりなおしになってしまったのだ。それでもまだ、気持ちや経済的に余裕があり、しょうがないなあ、などと思ってるうちは良かった。だんだん現実が僕の生活を侵食するようになると、自分も「赤ちゃんがえり」してしまい、コントロール不能に陥ってしまった。ココ1年の僕は「町全体から苛められている」という妄想?で本当に死にそうな気分が続き、実際3月に倒れてしまった。

先月、あるヒトの理解をきっかけに、そうした負の連鎖がちょっと止まった気がした。それ以降に出会って話した相手は、一昨日会った新聞記者さんも含め、(自分的に)マトモなヒトばかりだった。真っ暗闇のトンネルの中、妖怪みたいなものが追って来るみたいな恐怖感に煽られて、出口はどこにあるんだー?みたいに闇雲に走ってたら、チラッと光るものが見えて「あ、あそこ、もしかしたら出口?」みたいに思った感じ。

やっぱり自分自身で掴んだ、自分自身のコントロールのノウハウは、何にも代え難いし、それでよかったんだってことよね。この土地にはこの土地のやり方があるんだからって言われて、それへの順応を強いられたら、それはイコール自分自身のキャリアも全部失ってしまうことなんだ、って。

なるほどなあ。

こないだ新聞のヒトといろいろ話して気づいてメモってたんだけど、今思い出したので。
結局、僕はなんでこっちの同業(?)とソリが合わないかっていうと、そもそものモチベーションの元が違うんだってことなのよね。普通表現活動しようとするヒトって、自分の中から何か沸いてくるとか、せずにはおれない、とか、何かそういう自分の中から沸くモチベがあるのだけど、そういう人はみんな出て行ってしまうからね、こっちに残ってまでそういう事するヒトって言うのは、その意味付けが別なところ、たとえば平和を訴えたい、とか、ヒトの心になにかしたい、とか、そういう余計な意味付けがくっついてるのよ。僕は元々そういうのが大嫌いなので、なんつうか、表現活動に何か別な意味付けするのって、すごい胡散臭くて嫌なのね。だけど、こっちのヒトほとんどそうではないから、ほとんどの活動が、そういう別な運動との連動で行われてるので、特に震災以降は、もうほとんどそれなので、僕はする事がないのよ。いや、してもいいけど、開店休業っていうか、誰も見ない聴かない、っていう状態で相手にされない。それが3月以降の今の僕に起こってる事です。
なんつうか、商業主義が全て正しいってことじゃないけど、大きなマスに伝達されていくのに資本って重要で、それは健全だっていう意識が僕の中にあって、それは元道民時代にホッキョウソ的アカに染められた反動でもあるのだけど、だからCM制作みたいに、ちゃんと受け皿がある上での表現活動上で、何かの気持ちを込める、実際に今回のCMの歌詞には僕の震災への気持ち入ってますけど、そういうことなら喜んでするんだけど、こっちじゃどうもそうじゃないし、それしない僕なんかはマイノリティどころか、完全にハブで音楽家扱いもされてない雰囲気すらあり、ああ、もうダメなんだなあ、って絶望してた半年だったんだよね。
という事をメモ代わりで描いておくわ。


*yuhka-uno
もしかして、先日私がブログで、京都の老舗で修行するアナウンサーについて感想を書いた時(編註:これ のこと)、「今また元に戻りそうでやばいが。」というブコメを下さったのって、こういう理由ですか?



ありがとうございます!そうですね。近いと思います。
なんというか、自分が勝手にそう思ってしまう癖があるのですが、過干渉されると、前(本来向かうべき相手)ではなく、うしろ(干渉する相手)を向いてしまう癖があります。それは育ちでそうなるんですね。

その癖を僕はもう自分はわかってるので、であれば、そういう人々の輪の中に自分が入らなければそれでよく、その解決法は東京では可能でしたが、地方ではそれが出来ないんだ、とわかったんです。それが判るまでは、苦しくてつらくて、それでも一生懸命それらの人々に混ざろうとしたのですが無理で身体を壊し、友人に相談し、やっと「それは不可能です」と言われて気づいたんです。
月日は経ってても、それは変わらないのだと気づきました。変わらないものなんですね。それが自分には一番ショックでした。

バイトや会社勤めと違って、嫌だって言っても辞めて逃げるわけにはいかない。きついなあ。若い連中には頑張ってほしいから、その為に僕も、もう少しだけ堪えてやってやるんだって思うしかない。だってここで僕がキモイとか言って逃げたら、ますます奴らの思い通りの街になっちゃうよね。それを阻止するのが僕の役目よね。じゃないと、なんのためにわざわざ2000キロも故郷から離れたところに移住したのか、意味が無くなってしまう。


*yuhka-uno
私はてっきり、和菓子屋編で大吉アナが最初に提案した「親に感謝の気持ちを表す和菓子」が、「平和を訴えたい、とか、ヒトの心になにかしたい」という動機から作る作品ってことなのかなぁと思ったんです。
で、「焼肉を模した和菓子『叙々苑』」や、その後大吉アナが作った「ポッキーを木の枝に見立てた和菓子」が、「自分の中から何か沸いてくるとか、せずにはおれない、とか、何かそういう自分の中から沸くモチベ」から作る作品ってことなのかなぁと思いました。
 
mcさんは以前から、「表現活動に何か別な意味付けするのって、すごい胡散臭くて嫌なのね。」と仰ってて、その言葉の意味が、私はよくわからなかったんです。
で、あの番組を見たときに、大吉アナが最初に提案した「親に感謝~和菓子」を、私は「気持ち悪いなぁ!」って思ってしまったんですよね。ああ、テレビ的な「いい話」の演出だなぁ、と思って。24時間テレビ的な感じの。
テレビって「いい話」の演出大好きで、「いい話」にまとめておけば良いと思ってるのかもしれないけど、現実に生きている人は、そんな「いい話」ばっかりで生きているわけじゃないんだよ、と思ったんですね。
で、mcさんの「胡散臭い」「気持ち悪い」って、もしかしてこういうことなの?と思ったんです。



ああ、そう言われるとそれもそうですね。悲しいことに私もちょっとメディアに足突っ込んでた関係で、そういうことはあるのもしょうがない的に見過ごすようになってしまったな。たとえば24時間とかあるでしょ。個人的には好きではないけど、かと言ってことさら否定する気にもなれない。ただ、それを安易に解釈したヒト、たとえば地方局とかどこかのサークルの大将とか、そういうヒトが真似すると一気に陳腐になる、ということはあります。その大吉というヒトも、テレビ的にこうだろみたいな安直な発想だったという胡散臭さが伝わってしまったのかもですね。
ちょうど、このことも新聞のヒトと話したのだけど、私レノン&オノの平和運動は、そのやり方は認めているんですよ。というのは最初に始めたきっかけのインタビュー発言があって「私たちは有名人で何をやっても注目され叩かれるということはわかっていた。どうせ全てを監視されるのだから、じゃあそれを平和のプロモーションに使おうと思った。私たちは平和を宣伝しているのだ」と明確に言っていて、なるほどと思ったんですね。

話がちょっとずれてしまったけど、コメントで返したほうに関しては、やっぱり向く方向が僕は違ってたんだと思う。自分が音楽その他の行動をするということについて、意味づけが難しく、こうすれば親(或いは上司など)は喜んでくれるかしら的に常に顔色伺った活動しか出来なかったんですよ。それが、ホテル業を3年間することで、サーブということの意味というか、何の為にそれをするのか、っていう方向性がはっきりわかったわけです。お客さんはわがままで、次から次に要望を出し、自分の言う事を聴け!といい続けます。そんな時、親や上司のことなんか考えてる暇なんかなくて、それこそ自分のコートに打ち込まれるタマを返す、ということだけに集中するしかなく、初めて自分自身の表現がそこでできたわけです。
そうやって一度開いた心は、そう簡単には閉じませんから、そこでつかんだノウハウをそのまま創作に応用して、どんどん本当の言葉を打ち出すようになったんですね。本心を言おうとすると、せっかくの「本心」を安易な音楽に載せるのはもったいないと気づくようになり、音楽性もよりいっそう、自分自身に近づいていく、という相乗作用になったわけです。そういう意味では、 yuhka-unoさん が書かれてる、本当の言葉こそが心を打つ、ということは本当だと思います。本当の言葉を稚拙なメディアに載せたくないし、逆に安易や嘘の言葉を、素晴らしい音楽に載せるのももったいない。どれかひとつ本気になることで、それが波及して影響しあい、他のものも本物になっていく、ということになると思いました。

今は安易で手ごろなライフハックだのノウハウだの様式だのがありすぎるんですね。出来合いのホットケーキミックスみたいに、自分がちょっと手を加えるだけで出来上がってしまう、そしてそれを自分の発想だと言えてしまうような状況ですね。ホットケーキミックスって自分で加えるのは卵と牛乳でしたっけ?大吉さんにとって「親に感謝」が牛乳だったんでしょ。でも親方は「ばか者、ゼロから作らなければ意味がねえんだよ」的に言ったのではないかな、という気がしました。


*yuhka-uno
ジョンとヨーコの平和運動にそんな背景があったなんて、初めて知りました。なんというか、有名人であることのマイナス面を利用した、すごく前向きな開き直りがあったんですね。
それなら確かに、もしあの平和運動の手法を、有名人でもない、背景のない人が表層だけ真似したとしたら、陳腐なものになってしまう気がしますね…
ちょっと話がズレるんですが、私にとってのジョン・レノンの代表曲って、「Mother」なんですよね。私は母親に抑圧されていたので、母親に感謝する内容の歌が気持ち悪くて受け付けないんです。初めて聴いた時は衝撃で、「ジョン・レノンって、こんな歌を作ってたのか!」と思いました。愛と平和のジョン・レノンとは違う、ものすごくシンプルかつ現実的な内容でしたから。
例の番組の「親に感謝~和菓子」も、自分の個人的事情から特に敏感に反応してしまった、というのもあるかもしれません。世間じゃ親子や家族は、何でもかんでも「いい話」にされてしまいがちですから。
 
ライフハックやノウハウは、それを扱う側にもある種の姿勢が求められるというか、「良い人」「良い親」「できる人」「頭の良い人」という自己イメージを補強するために使ってしまうと、良い結果にはならないんだろうなぁと思います。例えば、「女を気持ち良くさせる究極のテクニック」みたいなタイトルの本を読んで、その本の通りに彼女とセックスしようとする彼氏、みたいなことになるんじゃないかと。
そういう自己イメージを振り払った、現実の自分に気付いて認めないと、スタート地点にも立てない。気付いた瞬間は、そのシンプルかつ残酷な現実に、かなり痛い思いをしますけど、一旦認めてしまえば楽になれるものかもしれません。
誰だって最初から良い親になれるわけがないし、最初からできる人になれるわけでも、頭が良い人になれるわけでもない。本当の良い親は、今の良い親になるまでに、色んな過程を経たから良い親になっているわけで、「過程を経る」というところをすっとばそうとすると、その間成長すらしない、ということにもなりえるんですよね。
 
私自身、過程をすっとばしたために成長が停滞した人間で、親から、年齢に合わせた育てられ方をされず、子供なのに大人並みの役割を背負わされるということが度々ありまして、20歳頃に「私、しっかり者のお姉ちゃんじゃない。自分の人生を自分で選択して生きていく能力が3歳児並みに育ってない」という現実に気付いて、「うわあああああ」ってなりました。かなり痛かったですが、それでやっとスタート地点に立てました。3歳児からでも自分を育て直していくしかないですね。
まあホットケーキぐらいなら、ホットケーキミックスで作ってしまっても良いですけど、「自分自身」とか「人生」とかは、出来合いホットケーキミックスばかり使っていると、その間成長が停滞してしまうんでしょうね。
 
ホテル業のお話は、親や上司がどう思うかなど考える暇もないほど追い込まれたことによって、「とにかく、その場で、自分の判断で動く」という状況になった。その結果、自分の中から親の存在が消えて、自分自身として存在できるようになった、ということでしょうか。
以前から思っていたのですが、もしかしてmcさんは、私に対して、何か似た部分を感じて下さっていますか?



ありがとうございます。そう、似てると言うか、その後、新エントリとか読ませていただいて、ちょうど僕がホテル業で目覚めた頃、時期として15年位前で、自分が歌うようになった頃ですが、その頃の自分と似た感じかなあと思っていました。気づいてからが始まり、というのはその通りですね。最初は僕も散々いろんな人にいろんなこと言われましたが、ああみんな何かに縛られてるんだなあ、と思うようになった。

よく人に言うのですが、ホテルともうひとつ僕にとっては目覚めるきっかけがあって、それはキャバレーのバンドの仕事だったんです。僕はそれまでは、音楽というものはちゃんとリハをして、みっともない未完成のものなど他人に見せてはいけない、と思っていたし(今もそうですが)、自分が納得イカない状態でするのを拒否してたんです。ちょうど、母が外面いいので、不完全な状態を他人に見せないためにいろいろ手段を講ずる、という話に似ていました。
ところがキャバレーのバンドというのは、当日に歌手が来て譜面もらって、ほとんど浚う時間なしに演奏しなくてはいけない、また、その歌手のバック以外の時間ではジャズのインストを演奏するのですが、僕だって全曲知ってるわけじゃなく、突然「次はこれ」と言われて知らない曲が始まったりするんですね。
その「いい加減」なやり方に最初は納得できず「急に言われたって譜面準備してないし」とふてくされてたんですが、バンドのリーダーのオッサンがとても厳しい人で(ジャズバンド系はみんなそうだけど)、ともかくこれでもかこれでもかというくらい僕に文句を言うわけです。僕の担当楽器はドラムだったのですが(バンドでは極めて重要パート)、例えば「ドラムなんか音程がないんだから、譜面なんか準備できてなくても頭から適当に始めておいて、プレイしながら準備とかすればいいんだ!」とか、曲なんかだいたい想像でどうなるかわかるだろ!判らなくてもいいんだ、まず演奏始めろ、とか無茶っぽいこと言うわけで、しかもそのやり取りが行われてるのは、全部本番のステージ上です。
そんな半年を過ごすうち、気づいたことがたくさんあって、整ってるとか整合性っていうのは、あとから付いてくるのであって、それより重要なこと、例えば音楽なら「途切れない、すぐ始める」とかそういう基本部分ですね。そういうことを身体で吸収したわけです。適当に準備なしで演奏してましたから、他人の目(というか耳)には、時には無茶苦茶だったろうし、みっともない僕の姿も多数見せたでしょう、でもいつまでも同じじゃありません(成長できなくて同じヒトもいるけどw)、それを繰り返すことで、ちょっとずつ、なんというか、ろくろで陶器作ってるみたいに、形になっていくんですね。そうか、これはドキュメントなんだな、と思ったというか。それに他人は、そこまでひとのことなんか気にしてないんだ、というのも分かったんです。完璧かそうじゃないかってのは、あくまで自分基準なので自己満足に過ぎないのだ、ってこと。

そんな経験と、その後のホテル業(もしかしたらバンドの経験があったからホテル業でも発揮できたのかもしれませんが)で、内輪からの視線など気にする場合じゃない、さして重要じゃない、という段階に至ったんだと思います。

内輪からの視線を気にしなくなってくると不思議と失敗も減ってきますね。自分が自由にやったら、こんなに失敗なくスムーズに出来るんだ!というのは大変な驚きでした。それまでは自分はまったく何も出来ないダメ人間だと思い込んでたので。

こないだも少し書いたけど、こっちの土地柄もあって、震災以降は感謝だの愛だのなんだの、僕にとっては耐え難い状況が続いてます。どんな状況であろうと(例え相手が死んだとしても)、親に対する引っ掛かりとかそういう感情は消えないし、何を思ってもいいんだ、ってことを僕は言い続けていきたい、と思います。非常に困難ですし、食いっぱぐれる寸前ですが。お利巧ちゃんな歌だけは決して歌わない、ということは思っていたいと思います。

追伸。書き忘れた。僕もマザーは衝撃的だった。当時彼は原始療法と言って、人生の中で「一番最初に味わった苦痛」を探り当てる、という療法をしてたようです。それで記憶を探って掘り起こして、そもそもの苦悩は、親が去ったことだ、と思い当たった、ということですね。あれが収録されてるアルバム全体も、そういう内面を暴露したものばかりで、僕は名盤だと思ってます(サウンドもシンプルでいいのです)。


*yuhka-uno
mcさんとは過程が違うのですが、私も似たような体験をしました。
私は仕事で躓いたことから、自分の判断能力を全く信じられなくなって、働けない状態になり、自殺願望と、親が原因だと気づいてからは、親への殺意が加わって、色々とどん底でした。
で、カウンセリングを受けて、膿を出し切るように親への怒りを吐き出して、今までの自分の躓きを見直しているうちに、「あれ?もしかして私の判断能力って、そんなに悪くないんじゃね?」と思うようになったんです。それまで母に対してうっすらと感じていた「それ違うんじゃない?」は、結構正しかったのかもしれない、と。それまで、「対母用行動パターン」で行動していたから、うまくいかなかったんですね。
その後、精神状態が回復してきたので、そろそろバイトをしようと思い、求人情報を眺めていたら、偶然私の興味にドンピシャな内容のバイトがあったんです。それは、以前の母なら良い顔をしそうにない内容でした。「これやりたい!」と思った私は、それまでの私からは考えられないくらいの行動力を発揮しました。まぁ引きこもりでしたから、再び社会に出ていく上で、世間の引きこもりに対する目線が怖かったんですが、その時はそんなことはほとんど気にならなくなっていたんです。行動しながら、行動している自分にびっくりしていました。初めて自分の体を自分で動かしているような、すごく身軽な感じがしました。と同時に、ああ、私にとって、親ってこんなに重かったんだ、と思いました。
まぁ結局そのバイトでは不採用で、その後更に精神的な二度目の山場が襲ってきまして(精神状態が回復してくると、それまで脳が思い出すことを拒否していた記憶が蘇るというやつです)、またしばらくカウンセリングに専念しなければならなくなったのですが、あの体験は、「私は自分の判断で行動できる」ということを実感し、「これやりたい!」という気持ちを取り戻した瞬間でした。
 
なんというか、その場その場で完全に仕上げたものを出そうとするよりは、仕上がりが良いものも悪いものも未完成なものも出して、全体的、長期的に良くなっていこうとすることが、自分を成長させるコツなのかなぁと思いました。母は、「失敗」や「間違い」を非常に恐れる人で、失敗がないように間違いがないようにと予防線を張った結果、まぁ、私の子育てに大失敗しましたねw
考えてみれば、私は、自分を全部さらけ出して切磋琢磨してる人のこと、そんなに格好悪いとか思わないよな。人間が生きていく上で、誰でも当たり前にする失敗なんだから、ということを思っていたのですが、mcさんの体験談を読んで、「ああ、やっぱりそうなんだなぁ」と思うことができました。
 
「Mother」は、確か当時は「狂ってる」とか言われて、放送禁止とかになったんでしたっけ。今もビートルズ(とその後のソロ活動)の曲は、様々なメディアで、街中で流れていますが、「Mother」が聞こえて来ることはまずないですね。現代でもあまり放送されてないんじゃないでしょうか。
私の中学時代の英語と音楽の教科書にも、ビートルズの曲が載っていたんですが、確か「イマジン」とか「ヘイ・ジュード」とか「Let it Be」とかだったと思います。たぶんその教科書を作っている世代の人たちは、これらの曲は教科書に載せても、「Mother」を載せたくはないかもしれませんね(笑)。でも、もし仮に、教科書に「Mother」が載ったとしたら、それを聴いて救われる子供もいるかもしれない、とも思います。
「Mother」を聴いた時の正直な感想は、「母親に感謝する気持ちなんて、大多数の人が共有できるやん。大多数の人と共有できない気持ちを歌った歌こそ、この世に存在していて欲しい」でした。まぁ、母親に感謝する歌を作っている人も、一生懸命作っているわけで、そこは申し訳ないんですけれど、でも、親に感謝するという、ものすごく「正しい」表現だって、誰かを傷つけるものになりえるし、大多数の人にとって「狂ってる」表現でも、それに救われる人間もいるんだ、とも思いますね。
「Mother」を初めて聴いたのは、「桑田佳祐の音楽寅さん」という番組でした。彼はよりによって、「母の日スペシャル」にこの歌を歌っていました(笑)



その後もいろいろ考えてるけど、資本主義って健全なんだなって思う。いや、勝手に資本主義とか思ってるけど、実際どういうのが厳密に資本主義なんだかわからないけど、ともかく東京生活長くて、民間の事業が多くマトモだった、という感覚に慣れちゃった身からすると、こっちに多くみられる、何かに結びついた形とか事業とか、心がどうの平和がどうの、とかいう音楽活動とか、もう全部胡散臭くて堪えられなくてさ。ふぇ~って感じよ。
面白いのは、僕の両親がバリバリの公務員だったってことなのよね。その家庭に育った僕が、そういうもの一切、胡散臭いと感じるというのは、やっぱりそんな親(の横暴さ)を見て育ったから信用できないし、そんなものたちに比べると、東京で経験した、民間の「お金のため」というのが、どんだけ健全に見えたかってコトなんだよね。
いやだなあ。民間に頑張って欲しい、やっぱり。お金稼ぐ表現活動に徹したい。それがオレは健全だと思うからだ。


*yuhka-uno
「商」業か「公」業かの違いってことでしょうか。



なるほど。そんな感じかなと思います。
その後もいろいろ考えてるけど、地方で民間企業なんかそもそも成り立ちえなくて、そんななかで創作活動するとすると、誰かに飼われなければならない、まあパトロンですけど、その相手が僕の場合、お役所じゃイヤだって思うということだと思います。
元来潔癖症なので、「公」というからには公平なジャッジで採用お願いします、と思うじゃないですか。でも実際は、担当に気に入られるかどうかがカギになり、そんなヒトのさじ加減ひとつで何事も決まるって言うのが、どうにも納得いかん。
偏見かもと思いますが、東京と地方ではやっぱり違うと思うんですよね。「公」が一人勝ちの世界だから、結局ソ連とかみたいなことなんでしょうね。


*yuhka-uno
なんというか、環境が「ムラ」なんでしょうか。
そちらの土地は確か、過疎化が進んでいるというニュースを見たことがありますが。
なんだか、ドロドロ、ネトネトしたものに絡め取られてしまっているのかな…と思っていました。
 
以前お話した時の、
 
「だから昨日のCMみたいに、ちゃんと受け皿がある上での表現活動上で、何かの気持ちを込める」
「たとえば24時間とかあるでしょ。個人的には好きではないけど、かと言ってことさら否定する気にもなれない。」
「私レノン&オノの平和運動は、そのやり方は認めているんですよ。」
 
これ、全部mcさんが仰るところの資本主義なんですね。



ムラというか、僕が思ったのは「町全体がひとつの大きな組織」ということでした。だから、棲み分けが非常に難しくて、主流じゃない人はまるで会社のハブみたいになってしまうんですね。
また、活動的な人は街を出てく傾向も高く、こっちには比較的大人しい人々が残っているので、そんな町を誰かが制覇しようとすれば比較的簡単に可能なんですね。そういう意味でも、一つのカラーに統一されてしまう傾向はあると思いました。その「カラー」というのが「資本主義」的じゃない、と僕は感じてるってことだろうなあ。


*yuhka-uno
おおう…私、大人しくて行動範囲狭いタイプなので、ドキリとしましたw
なるほどそれで「ソ連」なのですね。
もしかしてその環境って、家庭内ハブ状態で、親に順応させられることを強いられた、アダルトチルドレンに似ていますか?



ああ、なんというか、政党内でただの投票要員というか、そういう感じで似ていますねw (意味不明)。お客さん、というか。
そういうヒトをコントロールして動かすのが得意な人は居ますので、そういう人たちにコントロールされちゃうんでしょうね。


*yuhka-uno
その「ひとつの大きな組織」が、平和とか感謝とか心とかの活動をしているということでしょうか。



そういうのが認められる傾向が強いので自ずとそういう形になったということでしょうね。hiroshima nagasaki ですから無理もないのだけど、ことさらそこに拘ってる印象があります。にしては hiroshima ほど徹底もしてない印象があって、要は金がないんだと思うんですが。ともかく、本心ではどうなんだろうと疑問に思ってても、その方針に従っておけば大義名分が出来て、文句はいいづらくなります。

こっちでは8月9日の記念日(他にも水害の日とか)にはサイレンが鳴ったりするのですが、去年だったかな、ある市民がその時間、商店街アーケードを歩いてたらしく、そのことをツイッターで発言してて、「サイレンが鳴ってるのに黙祷もせず平気ではしゃいで歩いてる人々。いったいなに考えてるんだろう?」と。それを読んだ時に、ああこうやって、他のことは考えてはいけない風潮になっていくんだな、と思ったんですよね。
他にも、ココで多分切れてたと思いますが、3月頃に市内大御所さんの打ち上げに出てて、その写真をアップしたら、FBで公然と非難されて、怒りのあまり再び倒れかけたことがあります。使命感が歪な形で反映されるんですね。そうして誰も異を唱えられなくなってくる。
大きな組織や家族は誰かがまとめてるからそうなるわけですが、それは誰かが醸し出す空気なんでしょうね。

なんつんだろ。平和にしろなんにしろ、僕は「自分で選択」したいんだよね。チャリティもそうだけど、こっちでそれすると、なんとなく風潮だから、という理由になってしまう。付和雷同っぽいというか。僕が今こっちで感じてる息苦しさはそれなんだよ。自分がしたいと思うことが全員の主張や空気と同じだった場合、自分で選択した、という気分になれないのよ。気分になれなきゃできない。そんないいわけすんな、って言うかもだけど、僕は出来ないんだよ。誰かに強制されたとか、皆がするからとか、そういう空気だから、という理由でするのは一番かっこ悪いの。だから乗れないんだと思う。
たぶん、いま自分がしたいことするには、この土地を離れるか、まったく僕の存在を消してしまう以外にないの。で、今すぐ離れられないから、存在を消すという方向で今進んでるのよ。町のすべての音楽活動やめてメディアやめて、まずみんなに僕の存在を一旦忘れてもらうこと。他のこの町の同業者とは違うんだ、っていうか、つまり同業じゃない、あんな人々とオレは違うんだ、という状況にまず置いて、そこから無の状態で選択したいの。
そういうことなんでしょ。


*yuhka-uno
年がら年中「自粛」「不謹慎」という空気で、震災後は更にその空気が強くなった、という状況なのでしょうか。
そして、「自粛」しない人、「不謹慎」な人は、「非国民」扱いされるということですか?



そうそう。僕がメディアと近いから、というかそういう仕事なので、特にそう思うのかもだけど、少なくともメディア、アート、お店、役人系施設、ほぼ全てはそういう傾向だと思っていいと思う。
一般市民がどう考えてるのかは、正直わからない。ただ、知り合いの中には、こういう町の風潮いやだ、と言うヒトも少なからず居るんだけど、それは表立っては言えないし、メディアで言うとかは、もってのほかって感じでしょうね。
今思ったのだけど、非国民、というような積極的排除なら、まだマシじゃないかな。静かに排除されてゆく、という感じがすごい恐ろしいです。誰も何も言わない。ただ、だんだん遠巻きになってゆく、という感じかな。

補足だけど、表現系のヒトって、自分が言いたいことや語りたいこと、表現活動の意味を常に探してると思うのね。この町には、そういう題材がたまたまたくさんあり、それにみんな乗っかって表現してた人が多かったもんだから、それに慣れて麻痺してるんだと思うのよ。
それに加えて、この災害で、なんの衒いもなくチャリティ突入みたいなことだと思う。

前も言ったけど、自分の街が好きだなんて、すごいシアワセなことなんだよ。僕は自分の出身地が好きだったこともいいと思ったことも一度もない。それ以前に、何も特徴のないただの野蛮な町だったし、観光客もスルーする魅力のない街だったから。ホントにただ単に自分の家があっただけに過ぎない。
そういう意味じゃこっちの人はすごく幸せなの。いろんな題材が揃ってて、それについて語ったりするだけで、どんなことでも出来るでしょ。だから麻痺しちゃうんだよね。


*yuhka-uno
「平和タブー」…?
でもそういう空気になってる状況って…うーん、あんまり「平和」っぽくない気がします。
既に自分のidページでも書きましたが、何を思っていても良いし、好きな歌が歌えるし聞ける、もっと風通しの良いものが「平和」なんじゃないかなぁ、と思いました。
 
表現系のヒトの、ある種の「答え」が、そちらの町には用意されているということでしょうか。
「自分はこれをすればいいんだ!」と思わせてくれるものが。



そうですね。矛盾するようだけど、平和について考える機会が多いが故に、自分で何かしようとすると、それ以外の題材を思い浮かぶのが難しい、というような印象を受けます。他にも軍艦島とかいろいろ題材はあるからネタには困らないんでしょうけど、それで受け入れられるからと安心してしまうのかもしれません。
もちろん、何でも言ってもいいんですよ。いいのだけど、受け入れられやすいのがそういう内容のものだから、みんなそうなる、ということでもありますね。

思い出したんだけど、この土地の若い音楽家集めてコンピでも創ろうか、と思って企画した時に、そういう「土地&平和ネタ」は僕も食傷気味だったし、そう思っているアーティストも居るはずだから、と思って、この土地らしく「ない」普通のアーティストを集めようと思ったんですね。そうしたら、この土地のコンピなんだから、この土地らしさを含んだものにしてもらえると嬉しい、というような意見をされて、やっぱりそういう風に突っ込まれるのか、めんどくさいなあ、と思って、その企画はやめてしまいました。そんで今は別な企画考えてますけどね。結局難しいんですよね。

ダイアリ読みましたよ。そうそう。平和について考え慣れてるが故に、行動も早いでしょ。他の土地と比較したわけじゃないけど、みんなの動きは素早かったと思いますよ。そんな中で、ぼくは音楽でそんな事をする気もなかったし、そういう事をしたい為に音楽をやってたわけじゃないから、そういう素早い他の人々の動きに、どこか不自然さを感じたんだと思う。と、同時に、普段は見えなかったけど、結局本当のところは、そういうことがモチベーションになってる表現者が多いんだな、って今回気付いてしまったわけで、それの落胆が一番大きいです。
人それぞれ意見はあると思うけど、第一義の動機は音楽であってほしい、が僕の理想なんですよね。特に、その後あるチャリティの手伝いをちょっとだけして、その内容が酷かったので、ますますそういう思いを強くしました。
そういう意味で、こっちの人々のいろんな本音が全部明らかになって、よかったという気はしますね。


*yuhka-uno
うう、奈良という観光地に生まれ育ち、行動範囲が狭く、大人しいタイプの人間である私も、そういう面があるかもしれませんね…
でもそういえば、長崎はネタのバリエーションが豊富ですよね。天草四郎に蝶々婦人にじゃがたらお春に丸山遊郭に、坂本龍馬ゆかりの地でもあるわけですし。考えてみれば、一点集中的なネタが有名な土地は多くあっても、ネタのバリエーションという点に関しては、これほど豊富な土地も珍しいですね。
 
すみません、「コンピ」というのは、「コンピレーション・アルバム」のことですか?
あと、「この土地のコンピなんだから、この土地らしさを含んだものにして欲しい」と言ったのは、公の担当のヒトですか?
「受け入れられやすいのがそういう内容のもの」ということは、逆に言えば「そういう内容のものでないと受け入れられにくい」ということなのでしょうか。
 
ダイアリ読んで頂いてありがとうございます。確かにあの時、長崎の人は行動が早かったですね。
mcさんは、例えば、こういった災害が起こった時は、何よりもまず支援、音楽は一旦置いておく。支援が落ち着いてから、音楽に戻る、という姿勢を取る人については、どう思われますか?



ありがとうございます。そうです。コンピレーション。プロではないが才能ある人はたくさん居ました。そういうヒトを集めて外に紹介したかったんです。土地の特異性「抜き」で。でも難しいなと思った。意見されたのは公の人ではないけど、しかし彼だけでなく他のヒトも似た意見だろうと思ったし、計画そのものをボツのほうがいいと判断しました。

支援については難しいのですけど、僕は故郷より、今の土地より、東京生活が人生で一番長いんです。なので東京住民という意識が今もあって、なので、こんな大変な時に東京に居られずに他所で眺めていた、ということに、ものすごく負い目があります。あんなにお世話になった東京に何も出来なかった、という想いが強くて、そういうことも、今回の葛藤の理由のひとつになってると思います。
それで、前にも書いたとおり、僕はそういうことを言いたいが為に音楽をしてるわけではないので、もし支援したとして、音楽という形じゃなく、それ(仕事ですから)から派生した何らかの利益や、或いは余った時間とかですかね、そういうことのほうで貢献したいと思います。だから、まず先に支援、というほうが、僕のしたいことに近いです。本業で経済活動をして、その上がりで支援する、という形ですね。音楽ではしないと思います。

僕はもともとバンドでドラマーで、ドラムの仕事もしていました。その合間で自分の曲も書いたりしてたのですが、どれも中途半端で形になってるものは少なかったんです。

それが、95年の阪神大震災があって、僕は大阪にも住んでましたからすごいショックだったんですね。それまでは、人間が生きてて、人生の途中でいきなり人生そのものが消えてしまうような天災とか、あんな大きなものはなかったんですよね。
あの経験で、自分はいつ死ぬかわからんのだ、と。心の底から思いました。そのとき、自分が今死んでしまったとして、自分の人生はこれでよかったとか、僕の人生の証はこれです、とか他人に提示できるものはあるだろうか?と思ったとき、全然なかったんですよ。中途半端な曲の断片とか、ドラマー時代のライブの記録くらいしか。
これはやばい、と思って、それ以降は、自分が明日死んでも後悔ないように、が毎日のポリシーになったんです。

先日、新聞記者のヒトと話したとき、同じ話になりました。阪神淡路から15年も経って、当時のこと忘れてるヒトも多いんですね。僕は、当時そう思ったんだ、だからアルバムが完成したし、メジャーにスカウトされたし、それより何より、クォリティの高い作品が生まれたこと自体、僕にとっては一番素晴らしいことtだったんだ、と。やっと自分の「遺言」が出来たんだ、と。そう言いました。
今回の出来事でも似たような事をいう表現者は多かった、とその彼に聴きました。僕の基本は、あくまで「自分」なんですね。題材豊富で平和教育の町に生まれて、逆に麻痺してるんじゃないか、っていう思いがすごい強いんです。そういう動きと、自分自身の考えが、混ざることが出来なかった、ということだと思ってます。でも、みんな「善意から」だとは思うのですよね。それがまた罪深く辛い部分です。悪気がない人を責めることは難しいです。

あ、最後の段、判りにくいので。つまり、その新聞の彼は他所の土地ではそういうことをよく聴いた、と言いました。この土地のヒトがそういうことを主題にしてたのかは確認しなかったけど、少ない気はします。「自分」じゃなくて、平和とかそういうことの為に自分が何ができるか、を基本に考える「表現者」が多いからです。でも実際は、隠れた部分で僕と同じことを思ってる人は多いと思うのです。そういうサイレントマジョリティっていうか、そういう意見を救い上げたい、というのが僕のしたいことなんですね。

>「そういう内容のものでないと受け入れられにくい」

これは、つまりマイノリティは生きにくい、ということなんです。もちろん受け入れられないってことはないんですが、共感は多くないと感じました。単純計算で、東京で100人なら、こっちじゃ1人とか?つまり生きていけないんです。お客さんが居ません。そういう状況が続くと難しいのですよ。シャッター街みたいなもので、誰も来ないところで活動してても、それ続けるモチベーションは、果たしてどれだけのヒトが持ちうるだろうか、って思います。


*yuhka-uno
mcさんのお話を読んでいて私が思うのは、「支援としてどうか」を基準に考えた場合は、私は「支援を受ける側にとって良いかどうか」がまず優先で、「支援する側の気持ち」はその次だと思うんですね。
なので、そちらの土地の人たちがとった行動、支援、チャリティー運動というのは、「支援としてどうか」という視点で考えると、それが被災者のためになったのなら、良いことだったのだろうと思います。
 
ただ、私は、人間は自分の人生を豊かにするために努力するのであって、誰かを感動させるとか、そういうことのために生きるのではない、と思っています。
「親に心配かけるな」というのは、ある種の美徳ですが、子供は親に心配かけないために存在しているのではなくて、自分の人生を生きるために存在しているんだぞ、と。それは、私の母が非常に心配症であったために、進路に介入されて誘導されてしまった、というのがあるから、そう思うのですけれど。
同じことをするにしても、奴隷剣闘士として生きるのではなく、アスリートとして生きる、ということです。
 
もちろん、自分自身として生きる、自分の人生を豊かにする生き方とは何かについての結果が、他者を支援する仕事だった、という人はいるわけで、私はそういう人生はとても良いと思います。
 
平和のために生きることが目的なのではなく、自分自身として生きることが目的なのであって、そのためには、自分の生きる基盤が平和であることが必要だ、ということなのかな、と思いました。
 
そちらの土地の人は、自分自身のためではなく、平和のために生きてしまっている、平和のための表現になってしまっている、ということなのでしょうか。



結局そういうことなのかもしれません。
僕の場合、さすがに、まだ若いアマチュアのヒトにまで「アスリートで居ろ」的なことまでは、さすがに言いませんが、プロと称するヒトまでそういう感じだったことについて、かなり落胆しました。一人一人にキモチを確認したわけじゃないですけど、僕にはそう見えたわけで、結局、生きやすい道、受け入れられやすい道を選んだ結果、そういうことになってるんだろう、と思いました。
親については、何度も書いたけど、似てますよね。誘導されたり妨害されたりいろいろあって、実家を出るまでは自分自身の生き方をするのが非常に難しかったです。それの解消はホテル業まで続いたってコトですね。

僕が良く言うことの中に「この町の人は、この街を元気にしたいと良く言うのが嫌だ」というのもあります。今思ったのだけど、これも似てるかもですね。町の為にやってるんでしょ?だから続かないし、無理するし、ちっともよくならない。あくまで基準は「自分なんだ」ということが、感覚としてあまり判らないんじゃないかと思います。それは、自分の道や題材を苦労して探さずとも、何でも揃ってる土地ならではの不幸なのかもしれません。

もういっこ思い出したことがあるんだけど(半年前のことだから徐々に思い出してくるw)、それまで僕は、この土地の取引先とか同業者とかにいい目に遭ってなかったでしょ。ギャラの支払いをばっくれられるとか、不義理なことされるとか、あとは隣人の犬の糞尿放置のこともあります。そういう酷い目に散々遭って来て、ものすごく不快だったし理不尽な思いはたくさんしたけど、それでも、そういう適当な人柄の土地柄なんだし、もうちっと付き合ってやるか、的に思ってたのが、今回のチャリティの素早さと、目を輝かせて平和や反原発に燃えてる姿を目の当たりにして「え??」って思ったんだよね。お付き合いのある近所の私はどうでもいい、と。遠方の被災者や原発については熱心にすぐ行動し、金も惜しまないけど、僕には何も払うものもしてやることもない、と。それが、その感覚がすごいと思ったのね。言葉にならなかったです。まじで。絶句。そんでそのまま、市内の同業とは音信不通になったままです。ラジオ番組もやめてしまったし、契約解消してもらった音楽家も居るし、ともかく、すべてが信じられなくなった、というところが始まりだったんですね。


*yuhka-uno
奴隷拳闘士とアスリートというのは、私なりの例えでして、そうするのが「普通」だから、「常識」だから、「道徳」だからしている、という人と、自分がしたいからした結果として、大多数と同じになった、という人との違いですね。
私の中では、前者が奴隷拳闘士、後者がアスリートです。結果的にやってることは同じだけれど、動機の違いです。
 
自分の人生を豊かにするために生きた結果として、他者を支援したり、平和活動をする人は、それを他人に押し付けたりしないし、変な空気を作らないと思うんですね。
「平和タブー」というか、「自粛」「不謹慎」みたいな空気になるのは、自分がしたいからじゃなくて、しなければならないからそうしているんじゃないのかな、と思いました。
そういう変な空気を作る人は、大抵、しなければならないと思ってそうしているし、その空気に安住していたりする人ですから。
 
ただ…私は、戦争になるのも、独裁政権になるのも、集団の空気でなるところが大きいと思うんですよね。だから、空気に飲まれ、空気を客観視できない状態って、本当に戦争や独裁政権の抑止力として適切なんだろうか、と思います。
 
mcさんが、ご両親はバリバリの公務員だと書かれているのを読んだ時も、「あ、私に似てる」と思いました。生き方がご両親とは全然違うんですね。
私の母は、「普通」「常識」に安住する人で、その子供の私がこうですからねw
 
ご近所さんの、mcさんのことはどうでもいいけれど、震災の支援は熱心だというお話、私は、自分の両親のことを考えますね。二人とも、他人にはとても親切ですが、私にはあんまり親切じゃありません。
母は昔、「子供のためなら死ねる」と言ったことがありました。父は、他人を助けることそのものが仕事になっているような人です。
子供と他人、ご近所さんと遠くの被災者という違いはあれど、その心理は似ているのかもしれません。
人は、自分が「良い人」「正しい人」という自己イメージを持てる行動には、死ぬほどのエネルギーすら投じることができても、我が身を省みることは難しいようですね。そしてそれは、私もそうかもしれない。悲しいことですが。
 
それから、「この町を元気にしたい」と言っていた人は、具体的に、「これこれこういう方法でこの町を元気にしたい」と言っていましたか?



なるほど。
空気に関しては僕もまったく同じに感じます。こうやってやり取りしながら思ってたのですが、こっちの普通の市民はそこまでいろいろ考えてるだろうか?と考えました。前に書きましたが、考えてるというよりは流されやすい人かもしれません。そして、何らかの表現活動をするうヒトに影響を受けやすい。そして、表現活動を起こすヒトのモチベーションが、ほとんど場合「平和関係」なので、結果的に目立つ部分でそういうカラーになりやすい、そしてそれがまた空気となり、広まってゆく、と。そういうことなんじゃないかと思います。

街を元気に。具体的にと言うか、上記にも関係しますが、何か事を起こす人は、たいがいそう言うんですね。商売してるヒトも居ますし、PR活動してるヒトも居ますが、だいたいは「町の特長を生かす」活動なんです。題材が地元ネタだったり、食材も地域の特長を生かしたり、と。いうなれば「外向け」で「観光的」ですよね。中のヒト向けじゃない。僕が一番最初、旅行でこっちに来たとき、みんな、それはそれは親切でした。他の人もみんなそう言います。で、実際住むと手のひら返しなんですね。皆が外を向いてる町なんだと思いました。

見過ごしがちだけど「教育」はかなりでかいよね。ずーっと子供の頃から平和教育されてる(らしい)ので、もともとそういう気質に全員育ってるでしょうね。もちろんそれは悪いことではない。しかし他の見方、他の考え、他の価値観が、外の世界にはあるんだってこと、一般市民にはわかりづらいのではないのかな。


*yuhka-uno
私は、自分で考えるような教育を受けてきたわけではありませんし、生まれてからずっと奈良に住んでます。そういう意味では、そちらの「普通の市民」とあんまり変わらないかもしれません。
私が色々と考えるようになったのは、多少は元々の気質もあるかもしれませんが、いじめに遭ったのと、家庭環境が影響していると思います。
私の元来の気質は、母と全く似ていませんでしたから、ひきこもりになりはしたけど、色々考える必要に迫られました。もし私の気質が母に似ていたら、私は普通に働いてはいるけれど、母のような「普通」「常識」に安住する人生を送っていたかもしれません。
 
平和教育の中身がどうなのかな、と思います。
私自身が受けてきた戦争についての教育は、「こういうことがあったんですよ。だから戦争は良くないですよ」という内容のものがほとんどで、「じゃあどういう流れでこういうことになったんだ」という部分は、あんまり教わっていないですね。
そちらの人が、どういう内容の教育を受けてきたのかはわかりませんが、もし、ただ上から下へ平和を洗脳するばかりで、「自分自身もまた、そういう空気に加担してしまうかもしれないのだ」という、自分自身のこととして考える教育をしていないのならば、それでは「平和」を「普通」「常識」「道徳」としてしか認識できないのでは、と思います。
 
私は、いじめや家庭内虐待の構図について色々と考えているうちに、「ああ、これは国家規模の集団心理と同じだ」ということに気がついたんですね。それで自分自身とリンクしたんです。
まぁ私も、そういう戦争のあれこれについて、詳しく知っているとは全く言えないのですけれど。
 
そちらの「街を元気に」については、なんだか、日本に来た外国人が、観光客として来るには良いけれど、住むとなると、「空気」が存在して息苦しい…という話を思い出しました。
「皆が外を向いている」というのは、あくまでも観光客、お客さんからの視線であって、mcさんがなさろうとした、地元の才能ある人を外に紹介する、という意味での「外を向いている」ではない、ということでしょうか。
mcさんは、東京や大阪にお住まいだったとのことですが、東京や大阪と長崎では、それほどまでに「ウチとソト」の落差が激しいんでしょうか。



平和について、というか、こっちはもう直接的なホロコースト被害者で、その関係者子息も山ほど存命してますから、完全にほぼ全員「当事者として」の教育だと思います。観念的とかそういうことではなく、もっと直接的なんじゃないかなあ。それを言い換えると「普通」とも言えるかも、なので、そういう感じになってしまうかもですね。

外向きの件については、話すと長いのですが、結局こっちのヒト、というか地方のヒトほとんどだと思うのですが、ミーハーなんですね。有名人とか人気があるとか偉いとか、そういう付加価値に弱いんですよ。逆に言うと、自分の価値観が信じられない、もしくは「無い」ヒトが多いと思う。なので、他者かよそ者に評価してもらう以外に、自分が承認されたと思えない、という感じ。もちろん、誰でも他人に評価してもらってこそ、嬉しいだろうし、自分の価値もわかるんでしょうけど、それの欲求の強さが東京とかの比じゃないですね。
だから僕も、結局、商売として外の評価を付加する以外に思いつかなくて、なので自分がいいと思ったものを、一旦外に紹介し評価を受け逆輸入する、という形にしたかったんです(これについてはあるヒトからのアドバイスもあったのです)。
だから、僕も実は、前回自分で書きながら気付いてたんだけど、商売人が街をよくしたいと言って外向きな商売してるのと、同じ事を僕もしようとしてたんですね。ただ僕の場合、土地の特性を売りにしてたわけじゃなくて、個人個人の才能を売りにしたかったって事です。
自分で評価できない、東京のヒトがこれをどう感じるのか、自分では判らない、他者の評価がすごい気になる、というのはけっこうみんな言います。プライド高いんですけど、実は不安と劣等感で一杯、みたいな感じを受けました。だからこそ、ことさらに「この町の素晴らしさ」を主張するのでは?という話に、先日新聞記者のヒトとも話しました。

東京大阪は違いますね。まず大阪は、強烈な2番目意識があり東京を敵対視してますので、自分らが最高だと思ってますから、気にしてないですよね。攻撃したり馬鹿にしたりしますけど、そこに劣等感もあるのかもしれないけど、でも他人や東京からの評価は気にしてる、という印象は僕にはなかったなあ。
東京は、僕の経験上は完全にないです。昨日実はこのこと考えてたんだけど、たとえば「墨田区のよさをみんなに伝えたい!」とか、そんなこと思うヒトがどんだけいるか?ってこと考えて、いやー自分の付き合いの中じゃいなかったなあ、と思ってました。自分の街や地域は愛してると思います。それは感じます。でもそれを、こっちの人みたいに強調してない、っていうか、別に外向きなことは気にしてない。それは最初から開けてるからでしょうね。
70年代くらいまでだと、海外で評価されたいとか、そんなこというのは日本人だけだ、などという意見もよく見かけましたけど、今ってそんなにないですよね?そんな当時の風潮に、この町の感覚も似てるんだろうか。
僕は、音楽にしても、別に普通の人はJPOPでじゅうぶんだろうと思うし、何も卑下してないです。

あともういっこ。家庭のことで思い出したのだけど、僕は自分の「名前」がすごくキライでした。名前のように誠実に生きろ、みたいなことを親から強要されたからです。名前こそ、親の欲望が反映されてる最たるものですよね。


*yuhka-uno
ああそうか、自分が受けた平和教育の感覚で考えてしまっていました。でもそれを考えると、もしかしたら、奈良の平和教育は、他県に比べると「ぬるい」のかもしれませんね。私が受けた平和教育は、普通の歴史教育プラス広島への修学旅行の事前・事後学習でした。
私が奈良で聞いた戦争当時の話は、大阪大空襲の時、西側の山向こうが赤く燃えて、山の稜線が黒く浮かび上がっていた、という話や、文化財を疎開させた、というものですね。
 
大阪は、東京に対する劣等感はありますね!ただ、東京のことを気にしてはいますが、東京からどう見られるかではなく、東京をどう見てやろうかという姿勢だと思います。
東京で、「墨田区のよさをみんなに伝えたい!」というヒトがいるのかという例えは、ものすごくわかりやすいです(笑)。東京はもうみんなが知ってる土地ですから、わざわざ外向きを気にする必要がないのですね。
 
そう考えてみると、東京からどう見られるかを気にするかどうかなのかな、と思いました。
そういう意味では、奈良も東京からどう見られるのかは、あんまり気にしていないような…
私は、物心ついた頃には既に不況だったので、それ以前の日本の感覚というものは、肌で感じたことがないのですが、一昔前は、「日本人には個性がない」と言われていましたよね。そちらの土地は、その時代の日本に似ているかも?と思いました。
 
名前のお話でまず私が思ったのは、「本名だったんだ」でした。すみません(笑)。
「誠実に生きろ」というのは、誰に対して、何に対してなんでしょうね。
 
私、自分の名前はけっこう好きなんですよ。私の本名は綺麗な名前です。まぁ、名前負けしてるかもしれませんがw
でも、3歳の頃に弟が生まれて、私は両親から、名前ではなく「姉ちゃん」と呼ばれるようになったんです。それからの私の人生は、「私」ではなく「姉ちゃん」という役割で生きることになってしまいました。
最近、私は母に対して「『姉ちゃん』ではなく、名前で呼んで」と要求して、母は私を名前で呼ぶようになりました。母は呼び慣れていないし、私も呼ばれ慣れていませんが、まぁこれから慣れていくでしょう。



>その時代の日本に似ているかも?と思いました。

これはまさしくそのとおり!僕はこっちに移住してしばらくしてから「ここは20年前の東京だ」と気付きました。そう考えるとすべて納得がいき、いろいろ不快なことも我慢できる、と思ったんです。すべてにおいて20年前の東京なんです。ものすごくヒト付き合いで苦労した当時のことを思い出し、全部そう対処すればいいと思いました。でもそれは大変なストレスになって(だって同じ苦労をもう一回してるんですから!)、結果的に今に至るというところです。
でもほら、未来人じゃないけど、20年後どうなってるかを知ってるのは僕だけでしょ?そうしたら、今この土地で「20年前の感覚であるが故」苦労してる若者とかに手助けしたいと思うじゃないですか。そういうことからいろいろ始まったんです。

ああ、役職で呼ばれるとそういう風になりますよね。呼ぶほうの希望がやっぱり含まれてますよね。
そうです。本名なんですよ。自分は嫌でしょうがなく、音楽活動に際して何度も変えたいと思いましたが、他に思いつかなかったのと、他人に言わせれば「かっこいいじゃないか」ということらしいので、しょうがなくこのままなんです。今でも嫌ですw


*yuhka-uno
そちらの人が観光客に対して熱心だというお話、私は正直、「すごいなぁ」と思ったんですよね。と言いますのも、奈良の人って、観光客に対して、そんなに熱心じゃないんですよ。
京都のような徹底した「おもてなし」があるわけじゃない、大阪みたいにサービス精神旺盛な商売っ気があるわけじゃない、良くも悪くもノンビリ、マイペースなんです。
奈良の商人を表す言葉で「大仏商法」というのがあるんです。これは、「東大寺の大仏様さえあれば、熱心に商売しなくても人は来るから、立って忙しく振舞わなくても、大仏様のように座ったまま商売ができる」という意味なんです。そんなに良い意味じゃないんですね。
奈良人の間からは、もっと観光客を意識したほうが、とか、もっと熱心にPR活動したほうが、とか、そんな声が昔から上がってるんですけど、結局マイペースのままなんです。
まぁ、去年は遷都1300年の節目でしたから、そこそこ本気出しましたけど。100年に一度本気出す町なのかもしれませんw
 
だから、mcさんの「この町の人は、この街を元気にしたいと良く言うのが嫌だ」という言葉、最初は「???」だったんですよ。「良いことじゃないの?」と。
でも…「20年前の東京」かぁ…
今の時代は不況ですけど、私は、今の時代に生まれて良かったと思ってます。価値観の問題で。
かつては、「日本人には個性がない」と言われていましたけど、個性は昔から、ちゃんとありましたからね。
 
mcさんは、20年前のご自身と、長崎の現代の若者に、似たものを感じていらっしゃるのでしょうか。
ご両親がmcさんに期待した「誠実に生きる」というのは、もしかして、親とか世間様に対しての「誠実に生きる」なんでしょうか。「誠実に生きる」という言葉は、良い意味で使われますけど、これも親が利用する「美徳」「道徳」になりえるんでしょうか。



>20年前のご自身
これ判りにくかったですね。20年前の世の中で自分が生きにくかったように、今のこの土地で生きにくいと感じてる若者に「20年後は多分よくなってると思うから堪えてろ」と応援したい、ということですね。
20年前の僕は、日本の世の中が今のように変化するとは気付いてなかった。なので一生涯自分は報われず苦労するのか、と絶望しかなかったわけだけど、実際は世の中が変化して、まあ今でも大変ですが、昔ほどじゃなくなった。それを今苦労してる若者に言いたい、ってことですね。そんで逆に、いまの価値観にあわせて生きてる人々は、20年後には苦労してるはずだから、ということも言ってあげて、気分を楽にさせてやりたい、という感じです。この予想が何処まで当たるかわからないけどね。僕も今が一番好きですよ。

観光に熱心なのは、こんな日本の端にあって、しかも日本で下から2番目に不景気な県ですからね、そうしないとやっていけないんでしょう。奈良は京都のすぐ横だし通勤圏だろうし。こっちで言えば福岡と佐賀の関係のようなものでしょうね。佐賀は取り得が何もないとよく言われますけど、福岡の隣なのでぜんぜん都会っぽいというか、こっちとは違います。
こっちも、ホントなら中の人が豊かにならなければ気持ちも景気も上がっていかないと思うのですが、他所向きな顔ばかりしてるんですよね。だから誰も本音も言わずつまらない。創作物も然り、という感じです。

誠実に生きる。これは最終的には自分に対して、ということなんだと思います。嘘つくなとか散々言われましたが。子供の頃、友達に「名前と行動が全然違う!そんな名前、嘘じゃん!」となじられた事があります。子供の頃は誰からも褒められたことがなかった。親にはちゃんとしろちゃんとしろ、と言われ続けたけど、納まりきれなかったです。それでも親は常に外面だけはよく、ずいぶんあとになってから知り合いに、家庭内の酷さを話したところ「あんな穏やかそうな父と優しそうな母なのに!想像付かないねえ…」と絶句されました。
結局よく判らないのだけど、親の希望としては、外面的に自分のこの名前のように生きろ、ということだったのかもしれない。でも僕のほうは、自分自身に嘘を付かない、という生き方をしてきてしまったな、と今は思います。


*yuhka-uno
これは以前から思ってたことなんですけど、まぁ私の偏見も入ってるかもしれないんですけど。一昔前は、「良い学校→良い就職先→良い人生」というレールが、今より強固に存在していたんですよね。で、その時代のスタンダードな生き方、その時代の「普通」「常識」に浸かって生きてきた人ほど、今「昔は良かった」「近頃の若者は…」って言ってるような気がします。
逆に、そういうレールに乗ってこなくて、スタンダードから外れた生き方をして、自分の生き方を自分で作ってきた人は、今の時代にイキイキしてる人が多いような気がするんです。そういう人と話してると、「ああ、この人若い頃は、『定職にも就かずにフラフラして…』とか言われてきたんだろうなぁ」って思うことが多いです。
 
今の時代においては、もう「良い学校→良い就職先→良い人生」は、過去の成功体験だと思うんですよね。でも、親がその生き方しか知らないと、もう通用しなくなった方法で子供を育てようとしてしまいますから。若者のひきこもり問題は、その辺りにあると思います。
今の若者は、世間的な「安定した職種」観より、自分にとってどうかを基準にしたほうが良いと思います。だから、今の若者は、スタンダードから外れた生き方をしてきた人の話を聞いたほうがいいんじゃないの、と思うんですね。
 
私は、九州は宮崎しか行ったことがありませんので、福岡と佐賀と長崎の立ち位置がどうなっているのかが、よくわからないんですけど、以前、あるテレビ番組で、「関西での奈良の立ち位置は、関東での埼玉みたいなもんですよ!」と言ってる人がいまして、まぁこの例えは、だいたいあってると思いますw
奈良は、関西圏内よりも関西圏外のほうが、逆に評価が高いんじゃないかと思いますね。
 
創作物がつまらないというのは、自分の本音に自信がない、ということでしょうか。「こういうのやりたい!」がない、というか。
 
私は、両親に依存はされましたが、「誠実に生きろ」とは言われたことがなかったです。私の母が要求する「気遣い」が、実は他者が望んでいることを考えて行動する「気遣い」ではなく、、母の思い描く気遣いを考えて行動する「気遣い」だった、というのに似てますかね?
私は、「良い子」の殻が剥がれ落ちてからは、親に嘘をついたり本当のことを話さなかったりする一方、自分に正直になってきたと思います。子供に嘘つかれたくなかったら、子供から信頼される努力をして欲しい、と思いますね。



そうですね。まずスタンダードの件はその通りで、プラス、ジェンダーとかそういった意味での様々な昔の価値観が根強く残ってると言うこともあります。「九州男児」という言い方があるように、今でもけっこう残ってるので、まずそういう部分が根本から変わらないと、家庭や親も変わらないでしょうね。新しい価値観や考えがこの土地に入って来ても、そういう風習が邪魔して浸透しにくい部分は多分にあったかと。あと僕は北海道の人間ですから、「家」とか「祖先」とか「土地」とかへのこだわりも、ずいぶん僕とは違うと感じました。そこら全部含めて、なかなか改革は長く掛かるのではないかなあ。

創作物がつまらない、というのもずいぶん身も蓋もない言い方なんですが、あくまで僕個人の価値観で言えば、と断っておきますけど、何を歌っても結局注目されていくのは平和関係か地域性関係なんですね。プロではないヒト、目立たない部分で活動してるヒトの中には、個性的な人がけっこういるんだけど、目立つ部分の人々が前者なので、結局イメージはそうなってしまうってことですね。他に言いたいこと、したいことはないのかよ!?と突っ込みたくなる。
まあ、もっとちゃんとした人は福岡や東京などに出て行ってしまうでしょうから、残ってる人は自ずとこういう人、というのはあるでしょう。あとは経済的に居ざるを得ないヒト。そういう後者的な不本意な人に協力したいんです。僕は。

ちょっと話が変わるけど、福山ってこの町がすごい嫌いで出て行って、悪口もずっと言ってたんだよね。なので地元からすごい嫌われてた。僕がこっちに来てすぐ、そういう福山のインタビューを読んで、それまではなんとも思ってなかったんだけど、それ以降福山の気持ちがわかるようになった。それは僕自身の故郷のこともあるし、そして今は、福山と同じ、この土地についても共感できます。2年位前かな、こっちの美術館で福山写真展というのがあって観に行ったんだけど(しかも、たまたま来てた父と一緒に行った!)、けっこうグッと来ましたよ。やっと客観的に捉えられるようになったか、って。そんで去年大イベントやって。今後も福山は大変だと思います。ここまででかいことやったら、そうそう落ちぶれるわけには行かないです。そんなことになったら、こっちの連中になに言われるか。火を見るより明らかだわw

うちは家庭のしつけが大変厳しかったんですよね。そして常に名前の通りに言動する事を強要したんだと思います。変なことするから怒られると思って逃げようと思っても、それは名前に反する行動だから、それも後ろめたさが常に付きまとい、ともかくマトモな10代ではなかった。何を言っても無駄だから、一人暮らしで親元を離れるまで、本心は言わなかった。
yuhka-uno さんは親から期待された行動をできてたのでしょうか。僕は常に期待され強要されましたが、結局は不可能でした。それで行動が不可解になり、その理由を第3者から理解されない北海道時代だった。やっと実家を出て、本当は自分は何がしたいのか探るようになって今に至る。なので、実家を出てからが本当の人生なんですね。だから年齢も実家出た年を0歳にして計算したりしていました。

もう一個思い出したので補足なんだけど、こっちはネタが多いだけでなく、非常に催事とかお祭りが多いんです。なので常に何かの祭りの準備を、1年中町中でしている感じで、子供の頃から否応無しにさせられてるヒトも多いでしょうね。もちろん祭りだから輪を尊重するし決まりごともたくさんある。その厳しさや多さは、他の都市の、町内会のしきたりどころじゃないと思います。そういういろんなしがらみや決まりごとでガチガチなんじゃないかと思う。例え参加しなくとも、存在は常に意識してしまいます。そうすると常に外面を気にする家庭のように、町全体がなってしまうでしょうね。それは思います。

見えないしがらみの力があった場合、見えてない場合、もしくは逆らえない場合はそれに従った形での自己表現しか出来ないでしょ。そして、そこから開放された場合、今度は反動でその逆に行くんでしょ。どっちにも振り切った形での表現がしばらく続いた後、やっと中道状態に戻ってきて、フラットに見て、本当の自分は何をしたいか、ということが見えてくる。ココまで至るのがすごい大変で時間も掛かるんですよね。だから僕は、実家を出たところがゼロ歳だ、ということにして人生をそこから始めたんだ、と想定しました。それでずいぶん楽になりました。


*yuhka-uno
ああ…「九州男児」かぁ…
ネットのどこかで、九州はジェンダー観が30年遅れてるって記事を読んだような気がします。「九州男児」って、そちらの人にとっては、プライドとかアイデンティティーとかになってる感じですかね?
「家」「祖先」「土地」へのこだわりは、奈良にもあると思います。うちはそういうのはゆるいほうですけど、他所の家にはあるところもあるみたいですね。
 
福山って、福山雅治のことですよね?
「福山 長崎」で検索したら、この記事が一番上に出てきました。
http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/66373/full/
 
>yuhka-uno さんは親から期待された行動をできてたのでしょうか。
全然できてませんでしたよ!できなかったからひきこもりになりましたよ!w
まぁ、ある意味できる性格だったほうが怖かったかもしれません。できるということは、母のような人間になるということですから。もし母のような人生を送って、結婚して子供が生まれたら、子供が私のようになっていたかもしれない。それを考えると、色々ボロボロな人生ですけど、まだ良かったかもしれません。
 
うちの場合は、「期待」というより「依存」されたという感じです。両親は話し合いができない夫婦で、母は「お父さんは全然協力してくれない。私ばっかりしんどい思いして…」という不満を抱えていました。その不満が私に向けられたんですね。母は私に対して、自分と同レベルの大人、例えば父に求めるようなことを求めてきました。でも子供にそれを求めるのは無理ですから。今から思えば、できなくて当たり前なんです。でも当時の私は、「お母さん働いてて、しんどいんやから、ちょっとは協力してよ~」と言われると、罪悪感から何も言えなくなってしまいました。
子供の頃、母は「○○ちゃんは、あんなに家のお手伝いするんだって」と言ってきたので、私は自分のことを「ぐうたらな子」だと思っていましたが、今から考えると、これって、いわゆる教育ママが言う、「○○ちゃんは、あんなに成績良いんだって」と同じですね。



なるほど。九州男児の件は、こっち来る前まではもっと「ごるぁー」みたいな野蛮なあれなのかと思ってたんだけど、博多方面とは違って、口ばかりでヘタレだという印象があります。というか、実はみんな女性に弱いんですよね。口では偉そうに強面なこと言いますが、女性には最終的に逆らえない、でも口では馬鹿にする、みたいな印象です。つまり最終的にコントロールしてるのは女性側だと思います。なので持ちつ持たれつで保たれてる文化なんじゃないかなという印象を、個人的には思いました。
こないだからいろいろ書いてるけど、こういうある意味偏った、というか極端な印象を僕が持つのは、やっぱり「地元のメディア業界」に少し足突っ込んだからだと思うのです。普通の人はいいヒトも多いし、何も考えてない人も多い。でもなんとなく根底に流れてる空気みたいなものがあって、それを濃縮して極端にしたのが「業界」だと思うのです。それを最近気付いてきて、なので、そんなに不快なら、その「業界」とやらに関わらなければいいのだ、と思ったということなんですね。ホントならメディアって最先端なイメージがあるのに、これは東京も一緒だけど、一番古臭い価値観なのは実はメディアのほうだね。情けないよね。

福山のインタビュー、そうです。そのとおりです。かれは「色男」だったし、こっちじゃ生き難かったと思いますよ。舐められないように悪ぶったりとかしてたんじゃないかなあ。今でもこっちじゃ、顔や立ち振る舞いから「生理的に受け付けない」という女性も多いし(逞しいヒトが受けるので)、その辺の溝は埋まることはないだろうと思います。

依存の話。そうそう。僕もずっとその話しようと思ってたんですが、常に両親間の諍い、というか沈黙のパワーゲームに挟まれてると、どっちかの味方に付くよう暗に強制されないですか?「おとうさんは、あんな人だよ。ダメだねえ。おまえは私の気持ちがわかるよね?」みたいな。
そんな生活をずっとすごし、他人の顔色を伺う癖が付きました。派閥や仕事場、今の業界もそうですけど、必ずどっぷりつからずに、引いて見て、誰と誰がどういう関係で、誰がどういう風に評判が悪く、お互いに誰が悪口言い合ってて、最終的にどっちに付くのが一番とくか、みたいなことばかり気にしてしまうので、ものすごく疲れるんですよね。そういうこと考えずに、自分がこれだ!と思った好きな事を好きな相手とできれば、どんなにいいかと思いますが、これは非常に難しい。東京時代はこういうしがらみから抜けられたのですごく良かったんですよね。だからホテルにしろバンドにしろ、本気が出せた。こっちじゃ無理ですね。皆が見ていて、何かあれば揶揄する、悪口言う、ハブにする、ですから、何も出来ません。そして、またそれをみんな僕にも言って来ます。他人の悪口を僕に言うんですね。僕は、他人の悪口を聴かされるのがすごいきついんです。その相手が悪いイメージで脳内に浸透してしまうと、もうちゃんと接することが出来ないのですよ。

今年の頭くらいだったかな。3月に揉めて関係切った音楽家のヒトに直接言われました。「あなたは、そもそも他所から来て目立つヒトなんだから、みんなが悪い意味で注目してるんだから、下手なことはできないのよ?」と。これは自分にとっては最悪な環境ですね。町全体が「家庭」と一緒です。ホント、どうしようかって今思ってますよ。


*yuhka-uno
「博多方面とは違って」ということは、同じ九州県内でも、地域によって九州男児の特色が違うということでしょうか。なんか、女性の手のひらの上で転がされてるような感じですかね?
 
私、家庭環境は色々ありましたけど、土地という点に関しては、特に「根底に流れてる空気」に触れることなく、のほほんと暮らしてきましたね。こっちは古い土地だから、そういう空気もあるにはあると思うのですけれど。
「業界」「メディア」にも、私今までの人生でほとんど関わって来ませんでしたので、よくわからないんですけど、もしかして「業界」って、外面良くて内側はドロドロの最たるものなんでしょうか。
あと、今wikiで調べてみたら、奈良県と長崎県って、県の人口も県庁所在地の人口も人口密度も、そんなに変わらないんですね。
 
なんか、福山雅治って、九州出身ってイメージないですね。
福山雅治のインタビュー、「僕は長崎に可能性を感じられなかった」「やりたいことがやれないと思っていた」というのは、音楽的な面だけじゃなくて、そういう「色男」的な面もあるかもしれないんですね。
 
>どっちかの味方に付くよう暗に強制されないですか?
あるあるあるあるwww
うちの両親を兄と妹に例えるなら、兄(父)は私に対して「ねぇねぇお母さん、僕こんなことしたの。すごいでしょ?」と自分語りしてきたり、母親(私)に何かプレゼントして、私が特にいらないものでも、私が期待通りの反応をしなければ、不機嫌になって拗ねたりする子供のような感じです。
実際の子供が親にこれをやるのは可愛いんですけどね。親が子供にこれをやるのは、子供にとっては恐怖なんですよ。
母は母で、父に合わせるしかない私に対して「やっぱり私よりお兄ちゃんのほうが可愛いんでしょ!」と思ってる妹、といった感じでした。母は表面上は「子供が父親につこうと母親につこうと、子供の自由」と言ってるんですけど、根底はそうじゃないから、言葉や態度の端々に出るんですよね。無自覚なだけにタチが悪い。
私は、そういう両親の精神的お守りをしているような感じでした。更に弟たちのお守りをさせられることもありましたね。一家のしわ寄せが私に来るような構造になっていました。
両親の依存から逃れられる立場だった弟は、スクスク成長して、立派に社会人になりました。まぁこのこと自体は嬉しいです。私は半分あいつらの親みたいなもんですから、親心ですね。でも弟たちは、色々背負わされてひきこもりになった私を、怠け者のダメ人間扱いしました。もうやりきれなかったです。
他人の顔色を伺う癖は、ありますね。私、初めての場所では、借りてきた猫みたいにおとなしいです。すぐには心を開けないですね。
 
http://kasega.way-nifty.com/nikki/2009/09/-ii-1-2014.html
↑これもしかしてmcさんもですか?
あと、mcさんは、他人の話を聞かされることに慣れているというか、慣れさせられているところがありますか?
 
>「あなたは、そもそも他所から来て目立つヒトなんだから、みんなが悪い意味で注目してるんだから、下手なことはできないのよ?」
なんかこれ、しがらみのある家庭に嫁いできた嫁に、小姑が言うセリフみたいですね…



同じ九州でも全然違うようですよ。一般的な九州男児ってそのまま博多のイメージじゃないのかな。ヒトも多いし上京組もたくさんいるだろうし。ちょうど、あれです。話題になってる「嫁が中国人」の話があるじゃないですか。あれとか、ダンナは九州男児って感じがするね。
女性の手のひらってほどでもないのだろうけど、M気質なのか、女性にガミガミ言われることを喜んでるフシはありますし、基本的に頭が上がらないので逆らわず言うこと聴きますね。なので、音楽家でも女性が圧倒的に強いです。なので、みんな悪い意味で我侭だと感じます。
そうだなあ、業界と言ってもピンきりだけど、悪い部分だけで言うと、仰るとおりだと思います。ただ一流どころ、トップになると、そういう悪い面があったとしても、それを補って余りある、はるかにお釣り来るくらいの素晴らしい宝物がありますから、気にならないんですね。つまり逆に言うと、こっちはそうじゃないってことです。あまり言いたくないですけどw
あと、地方ならでは、ということで、東京からの帰郷組と、ずっと地元のみの人の価値観の違い、上京したと言っても学校や弟子入り程度で数年居ただけなのか、僕みたいに、どっぷり住んでたかの違いもあります。そういうあらゆる価値観の違いも、創作物や活動のクォリティによって淘汰されてゆくのが東京ですが、地方はそれもないので、誰も判断出来ない。上京帰郷組が我侭言ってるだけなのか、どっちが正しいのか、とか客観的判断が誰も出来ないんですよ。そうすると、集客もしくは人気、メディアで目立つ、とか、そういう判りやすいことでしか判断できなくて、中身のクォリティ関係なく、派手なことやった人が勝つようになる。などと言うと、こっちだけじゃなく日本全体の特徴な気もしますけどね。それが地方の場合はより判りやすく現れるんでしょうね。

そうそう、その記事ブクマしました。自分のことだーー!と思って本当に驚きました。僕はホントによく人に相談されました。まあ僕も、基本的にヒトが好きだし、いろんな話聴くのも、創作のねたにもなるし好きなんですけど、でも駆け引きとか他人の悪口いわれるのはきついです。去年から今年にかけて契約してた音楽家がまさにこのタイプで、結局僕は受け入れきれずに3月に倒れましたから。
yuhka-unoさんの弟さんのように、誰かが吸収してくれるので本人はリッパになり、吸収したこっちは酷い目に遭ったうえ、それをだらしないとか、不甲斐ないなどと言われてはたまったもんじゃないですよね。お気持ちはすごい判ります。

その小姑みたいなせりふを言ったのも、その女です。まあでも、それについては、多かれ少なかれ、誰でも思ってると思います。今振り返ると、ですけど、僕はずいぶんバッシングされてたと思いますよ。表面上はみんなニコヤカなので、気づいてなかったんです。最近気づいたんです。いろいろあって気付いちゃったんですね。ああそうだったのか…。と。あんまりですね。


*yuhka-uno
なるほど、考えてみれば、同じ関西でも色々ですしね。京都以外の一般的な関西人のイメージが「大阪人」であるように、一般的な九州男児のイメージも「博多人」ってことなんですね。
「業界」については、母体が大きいと、作品のクオリティで判断されるけど、狭く人間関係が濃密な環境では、クオリティ以外のところで決まってしまう、ということでしょうか。判断できる人がどれほどいるかの違いというか。
もしそうなら、これが「日本全体の特徴」でもあるということは、日本全体でも母体が少ないってことなんでしょうか。
 
私もあの記事は、「自分のことだーー!」でしたよ。
特に「誰もそれを評価しておらず、にもかかわらず、患者に依存し、患者の気遣いを湯水のように消費してきたこと」の部分は、もうその通り!でしたねw
私もよく人に相談されましたね。特に高校時代は、当時は無意識だったんですけど、先生=親、私=姉、他の生徒=弟、というふうな、モロに私の家庭環境を反映した立ち位置になっていました。先生から頼まれて、他の子の相談にのったり、レポート手伝ってあげたり、先生の作業の手伝いしたりしましたね。
当時はその環境に不思議と居心地の良さを感じていましたが、今から思えば、先生がちゃんと私に振り向いてくれていたからですね。私は母のことを「振り向いてくれない人」と思っていたんです。家の手伝いも弟の面倒見も、やって当たり前のことで、褒められることもありましたが、ものすごく頑張ってなんとか要求に応えられた時しか、褒められなかったです。先生はちゃんと「やってくれてありがとう」「助かった」と言ってくれる人でしたから。まぁそれが普通の反応なんでしょうけどw
私は母に振り向いてもらいたくて、無意識に「良い子」になったけど、それが満たされなかったんですね。あの学校は私にとって、満たされなかったものが満たされる場所だったんだと思います。
 
その小姑セリフの人って、自分の集団に新しい人が来ると、まず自分のところに引き込もうとして、相手が引き込まれてくれない人だとわかると、手の平返すタイプなんでしょうか。



そうですねえ…。日本も昔は狭い中で成り立って勝負して、あとは縁や繋がりを優先する感じだったし(これは今もだけど)、そういう古くてマイナスな部分を未だ残してるのが地方の業界という気がしますね。競争がなく、客観評価もなかったら、たとえば学生の飲み会で人気者になるような、その程度のレベルでも成り立ってしまうんですね。僕もそうだし、あと上京経験者デモドリ組とかだと、とてもじゃないけど、そんなレベルの低いことで人気者になろうとか、恥ずかしくて出来なくなるんですよ。もっと上を知ってしまうと、いろいろ悟ってしまうんでしょうね。なので出戻り組の人はみんな冷めてます。それをジモティの人は、スカしてるだの偉そうだの、いろいろ言いますが、そうじゃなく恥ずかしくて出来なくなるんだと思う。なので、出戻りの人は出戻り組で固まってしまいます。もしくは一人になってしまう。
今でも海外崇拝のヒトとかだと、日本で人気者になることは恥ずかしい、と思ってる「高尚な芸術家」って居そうじゃないですか?それのすごい低レベルが行われてるっていう感じだと思います。
こういう価値観って、一度そうやって表に出た人しか判らないでしょ。一般の市民は何も知らない。だからシアワセだと思う。僕らは「この程度で??」と思っても、みんなはそれでいいと思ってるんだから、その夢をわざわざ壊すのも無粋だろ、という気持ちもあります。多分僕だけじゃなく、出戻り組の大多数がそう思うから、そうやって一線引いて冷めてみてるんでしょうね。何も言わないのが吉と判断するのでしょう。大人だから。僕は黙ってることが出来なかったって事です。だってわざわざ2000キロ離れた土地に来て、何もせずに帰るとか出来ないなあって思って。
(補足。これは選民主義ということではなくて、なんつか「まだ仮免じゃないすか!そんな状態で公道走るとか、ないから!」ってこっちは思っても、仮免くらいで「僕らはこれでじゅうぶんですから」と言ってみんな去ってしまうのね。そうすると、僕の本意でもないし、実績としても厳しい。若者の役に立てた、というより、このレベルは「上手く利用されちゃいました」だと思うんだよね。それが大変まずい、と思ったってことなんだよな。だから、そんな仕事は、そもそも請けちゃいけなかった。これが教訓ですね。)

その先生みたいに、自分を有効に使ってくれてありがたく思ってくれる人だといいですよね。僕の場合、仕事だったということもありますが、金払ったんだから要望どおりやれ、みたいな輩が多く、ホントに閉口しました。ずいぶん踏み台にされたなあ、と思ってます。つまりこっちの気遣いに依存されてたんですよね。こっちが黙ってるとどんどん付け上がってきた。ひどかったです。
他人を心地よく有効利用できるヒトって人間が大きいって事じゃないですか。そういう先生のような人に出会えれば、今後は変わるんでしょうけどね。僕も。

小姑の人は、やっぱり出戻りなんだけど、僕と同じようにこっちに幻滅して、あらゆる同業者と喧嘩して縁を切ってしまったヒトです。僕が会ったときは既にそういうヒトだったのでわからないのだけど、以前はそういう、自分が利用できないとわかると手のひら返すような人だったのかもしれません。手のひら返すというか、自分が失礼なことされた、と感じると絶対許さない人だな、というのは感じました。でも他人が自分をどう言っているかは気にしてるんですね。本人はそんなことないと否定してますけど、気にしてます。親のピアノ教師も相当に厳しかった人らしいので、そう育てられたんでしょうね。かわいそうといえばかわいそうな人です。
ピアノと作曲家としての才能はあると思います。そういう意味では、こっちでは唯一僕がマトモだと思った人なんだけど、偏屈すぎて、あとやっぱり、だんだん好意に依存されるようになってきて、僕はそれが耐えられず切りました。人間性は最低でした。でも彼女の気持ち、そうなってしまった理由とか想像が付くので、ちょっと残念でした。でも僕の器じゃなかったんでしょう。彼女も、またもっと別な大きな人間に出会えばいいと思います。


*yuhka-uno
>たとえば学生の飲み会で人気者になるような、その程度のレベル
この例え、なんかすごくわかりやすいような気がしますw
私、自分の絵の上手さについて聞かれた時に、「地元中学では成績優秀者だけど、進学先では落ちこぼれくらいの上手さ」って答えてるんですけど、それに似てるんでしょうか。
判断できる人間がいるかいないかって、すごく大事なことなんですね。判断できる人間がいるから、競争する必要に迫られるってことなんでしょうか。
 
私を心地良く有効利用してくれた先生は、今まで私が出会った教師の中では、一番目か二番目くらいに良い先生でした。相談に乗るのがすごく上手かったし、皆に頼りにされてましたね。人間が大きい人だったと思います。
 
「小姑の人」とmcさんは、立場が似ている部分があったのですね。
私が思ったことは、やっぱり、相手に依存しすぎると、自分も相手も傷つけてしまうんだな…と。私の親もそうでしたから。私に依存して、私をボロボロにして、私の心を離れさせてしまいましたからね。
私も、母のことをかわいそうな人だとは思います。でも今の私には、母のことを思いやっている余裕は、ちょっと無いですね。まず私は私自身を助けなければいけないので。
 
私がひきこもりから脱出していくにあたって考えたことは、依存先を分散させて、複数の人に少しずつ甘えさせてもらうことでした。一人の人に、カウンセラー役も親役も友人役も求められないということは、親を見ていて思いましたから。その高校時代の先生にも連絡を取って、自分の状況を説明して、助けを求めました。その先生は、私の精神的な親ですね。



>「地元中学では成績優秀者だけど
これならまだマシなほうで、それ以下の自覚のないヒトも多数居ます。あと「飛び道具」で目立てる世界なので、細かい部分がめちゃくちゃなのに早弾きしたりとか派手なプレイしたりとか、ともかく本質の「音楽」という部分がないがしろにされても通用するのが、自分としては悲しいですね。これは、厳しい事を言ってしまうと、聴く側だけでなく、演奏するほうも気づいていないから直せない、が正解だと思います。

そんな状況のこの土地の生活の中、良心かと思われた小姑さんと付き合いを始めた、という感じですね。でもお互い、他のエクスキューズがないもんだから、頼り頼られで1年経ち、また震災のことなどもあって限界に達したんでしょうね。そう分散できなかったから起こった悲劇でした。

昨日もまた、市内の中堅音楽家が酔ってセクハラしまくる、という話を聞き、がっかりしてたところです。別に僕は、極端な潔癖症というわけじゃないんですよ。業界と関わって、ある程度のことなら見過ごすという免疫もあるつもりだけど。悲しいですね。


*yuhka-uno
>細かい部分がめちゃくちゃなのに早弾きしたりとか派手なプレイしたりとか
ああ…そういう意味での「学生の飲み会レベル」なんですか。
私、自分がどの程度の実力なのかを把握できるのも、人間の能力のうちなのかなぁと思っていたのですが、それは頭の良さだけでなく、音楽とか、あらゆる能力について言えることなんですね。
その人たち、「音楽」をやりたいんでしょうか。それとも別の何かをやりたいんでしょうか。
 
「小姑の人」とは、他に依存の分散先が無い状況だったということなのでしょうか。
思ったんですけど、mcさんと「小姑の人」との関係と、mcさんと私との関係って、なんか、真逆なような気がするのですが。私、音楽はサッパリですし、ずっと地元に住んでます。でも、家庭環境などで共通点があるのですね。
 
私、酒と煙草とエロスは、大人の嗜みだと思うんですよね。
「ボク酔っ払っちゃったから、理性吹っ飛んで、セクハラしちゃうんだよ~許してね~」っていうのは、大人じゃないです。
私が「年取るのって怖いな~」と思うことの一つは、誰も自分に注意してくれる人がいなくなることなんですよね。その中堅音楽家さんも、誰も注意してくれなくなっているんでしょうか。狭い人間関係なら尚更ですよね。ああはなりたくないです。



今日、知り合いの店に行っていろいろ話してきました。節操なかったり酒癖悪いというのも、あの年齢じゃありがちでしょうがない、そんなのいちいち構うとまたあなた倒れるからw 放っておくのがいいよ、そんな人なら自然に評判も落ちて行くだろうし、と言われました。まあ普通はそうなんですよね。僕も、関係ないヒトなら放っておくかもしれません。でも狭い街で、みんなに見られてる中、そんな醜態さらして、そいつの彼女さん(僕の知り合いです)も詫びて歩いてて、ホントにかわいそうで、それでも、まあまあ酒の上でだから見過ごしてやれって、僕はどうしても納得いかないなあ。
この潔癖症は母譲りなんですよね。母はよく汚らわしいだの言ってましたよ。

そういうこと含めて、音楽がしたいのか、といわれると微妙なんですけど、音楽はしたいんだと思いますよ。それは判るんですが、音楽とか楽器演奏って、肉体と脳波と合致してすごい快感、というかドーパミンが出るものでしょ?そうすると、それに誤魔化されて、適度な快感のところで、「もうこれでいい」って止まっちゃうんですよ。そこの見極めの差が伸びるヒトとの差を生むんじゃないかな、と思う。本人は「超気持ちいいーw」ってなってるから、わからないんでしょうね。
こっちの土地の特徴で、ジャズのヒトがすごい多いんですよね。僕はジャズをやらないし、素人の適当なジャズが大キライなので(「工藤静香の絵」みたいでw)、そもそもそこからして合わないんですよね。ジャズは楽器演奏主体で、ある意味快感の音楽なので、そういう意味でもみんな似てますね。それが全体の雰囲気にもなってると思う。

似たものどおしは、分かり合えるとものすごく近しくなるけど、一度喧嘩すると、取り返しが付かないっていうじゃないですか。僕と小姑はそんな感じだったんだと思います。僕から見ると、彼女は「変わる前の自分」みたいでした。ずっと昔の僕のような位置で止まってるんです。そのお互いの違いが、だんだん苦しくなってきたんでしょうね。
むしろ気付いて変わろうと思える人のほうが希少だと思います。そこに共通点があるので、こうしてyuhka-unoさんとは、今のところ(笑)お話できてるのではないでしょうか。


*yuhka-uno
別に潔癖性じゃなくても、納得いかなくて当たり前だと思いますけど。
本気で酔った時の記憶がない人は、酔ってる時の自分の行為を知ったら、反省してやめますけど、その中堅音楽家は、自分が酔ってる時に何をしているのか、わかってるんですよね。彼女さんにも言われてるでしょうし。
酒飲んでる時にやった自分の行為を、本気で恥ずかしいと思うのなら、次から飲みませんから。
 
私、楽器演奏で快感を感じたこと、ないですw
楽器演奏は本当に苦手ですから、快感の片鱗すら感じたことありません。それを考えると、「超気持ちいいーw」ってなれるだけ、ちょっと羨ましい気もしますねw
表層だけかっこつけたいのかな、と思ったんですけど、「バイクに乗りたい」とかに似てるんですかね?仮免の例えといい。
快感に浸りきってしまわないのが、伸びる人と伸びない人との差なんでしょうか。
 
まあ変わろうとするか安住するかって、本当に紙一重ですね。油断すると安住しそうになるw
そもそも最初の「気付き」が最難関ですからね。そこが一番しんどいです。そして、気付いていないうちは気付いていない自分に気付けないという。



そうなんですよね。今までも自分の醜態のことは判っていて、何度も禁酒したり今後は改めるだの言ってたらしいんだけど、小姑さんに言わせると(全員知り合いですからw)、何度繰り返しても直らない悪癖だということなので、そういうヒトなのでしょう。ただ、これは何処でもそうだと思うのだけど、本業や創作に才能ある人は、そういう人柄含めて許してしまう、という風潮があって、僕もそこは、破天荒な芸術家ならしょうがないかな、と思う部分もあります。でも、酷な言い方ですけどこの方の場合、この地元レベルなのでそれが許されてるのであり、小姑や僕みたいな在京経験者には、到底見過ごせないような感情になると思います。それが、あるヒトから見れば潔癖すぎる、とも言われてしまうんでしょうね。でも、ホントにそのとおり、「当たり前」のことなんですよねえ…。困りましたね…。

うんうん。バイクに乗りたいというのと似てる気がします!曲乗り(?)みたいのすると受けるじゃないですか。そういう感覚なのかなあ。好きでやってるのなら、文句言う筋合いでもないんだけど、実際にそれでお金稼いで人気があるのを見てると、ちょっと穏やかな気分でも居られない、というのが正直な気分ですね。

ぼくは、このやり取りはすごい有意義に感じてます。そのうちブログにまとめたいけど、いいですか?

本当に音楽がしたいのか?で思い出したんだけど、2年くらい前まで僕が面倒見てた人たちみんな、メディアに出る事にすごい拘ってた。僕にいろいろコネがあると知って、あの番組にはでられませんか?とか新聞取材はないですか?とか、全国発売できますか、とか、そういうことに異常にこだわり持ってたように思う。そら僕だって、そういうものに取り上げられれば嬉しいけど、なんつかメディアの力って即席でインチキだという印象が強くあって、そんなバブリーなことじゃなくて、しっかり本文の音楽のほう固めていきましょうよ、とりあえずまだ全然「仮免」だし、と思ってたんだけど、そうじゃないのよね。
その、新聞に載ったとかTV(ローカル)に出られた、トカ、そういうことがひとつひとつ、すごく大きい、というのはホントに田舎なんだわココは、と思ったことでした。悪いとは言いませんけど、僕はだめなんです。それがなに?みたいに思うヒトなので、全然重視してなくて、なので、揉めたのはその辺の感覚や方針のズレもあったと思う。
その僕と分れた人たち、今は新聞やTVに出たトカ言って一喜一憂してますけど、別に当時から音楽性が進歩してるようには思えない。その辺も「もともと低かったモチベーション」の弊害なんだと思った。

その辺が前に書いた、地方の人は基本的にミーハー、につながるんです。メディアに出てる、とか新聞に載ってた、とか、そういうことで判断して、価値が決められてしまうんですね。そのことでは今も、僕はずいぶん傷つけられた、と思ってます。自分は厳しすぎるのかもしれないですけどね、でも、一旦上がった感覚を下げて、聴こえないフリとか出来ないんですよ。気付いてしまったら、もう戻れない、というようなことですね。無理解に囲まれるのは心底苦しいです。


*yuhka-uno
もし仮に、ここで醜態晒したら、確実に干されてキャリアが断たれるっていう環境だったら、その中堅音楽家の人、お酒飲んでてもセクハラしないんじゃないでしょうか。
致命的にならない、許されてしまう環境だから、やめないんじゃないのかなぁと。
それに、どんなに才能ある人でも大物でも、やられた側にとって嫌なのは同じだと思いますね。
こう考えてしまうあたり、私はmcさんより潔癖かもしれませんw
私の両親は、性的なことに関しては、そんなにうるさくはなかったんですけどね。
 
まぁ、地元ローカルメディアに出るって、全然大したことじゃないですよね。その辺で暮らしてる普通の人だって、何かの拍子に出れるもんですから。
伸びる人と伸びない人との差って、自分よりレベルが下の人から持ち上げられることに快感を感じるか、自分よりレベルが上の人から刺激を受けることに快感を感じるか、という違いもあるんでしょうかね。後者の人は、自分のレベルに見合わない持ち上げられ方されると、むず痒くなると思います。
 
>ぼくは、このやり取りはすごい有意義に感じてます。そのうちブログにまとめたいけど、いいですか?
どうぞどうぞ。そう感じてくださっているなんて、嬉しいです。
こんなに突っ込んだ質問しても良いのかなぁとか、mcさんの事情もよくわかってないのに、私の意見を言って良いのかなぁとか、色々考えてましたから、正直安心しましたw




そう言われて僕も調べたんですけど、AMはひとつしかない。鎖国っぽいですね…。
そうなんです。コミュニティはすぐ出られますね。地域密着が売りですので。それでも、僕の故郷のように、メジャー並みにしっかりしてるところと、学生サークルレベルのまでピンきりですね。こっちは、コミュFMみたいな弱いレベルだと、土地の形状的に電波が狭い範囲しか届かないので、聴いてるヒトも町の中心部のごく一部になってしまって、存在意義について考えてしまうこともあります。

そうそう。夢壊すようで無闇にはあまり言わないようにしてるのですけど、いまCDの全国販売とか「メジャーデビュー」に見せかける方法とかって、手続きとお金で簡単に出来るんですよ。それを僕らは知ってるので、「全国リリースです!」とか「メジャーデビューしました!」とか言っても、なんか恥ずかしいというか、そういうこととてもじゃないけど言えないんですけど、こっちに来たらみんなそういうことセールスポイントにして売り込んでるので、こういう商売の仕方があるんだなあ、田舎じゃ何でもありだな、と思ってました。そういうステイタスはすごい重要なんですね。実際は売れてもないし儲けもないし、いいことないんだけど、本人達にとっては、その「名声」こそが「いいこと」なんでしょうね。繕うのは外面だけ。そういうこともあって、こっちの連中とは気持ちが離れてしまいました。


*yuhka-uno
鎖国www
なるほど、鎖国してる国に住んでる人って、「知識人」でない限りは、自分の国が鎖国しているということが、わからないということですね(笑)。
 
>実際は売れてもないし儲けもないし、いいことないんだけど、本人達にとっては、その「名声」こそが「いいこと」なんでしょうね。
うーん、ブランドロゴが大事で中身が無い感じが、確かにバブリー…
そういうところも「20年前の日本」なんですね。
mcさんが「上手く利用されちゃいました」って仰ってたの、なんとなくわかる気がしてきました。
外見だけ繕っていると、自分の中で積み上がっていくものがないでしょうね。
 
ところで、この機会なのでお聞きしたいことがあるのですが、mcさんが「自分は音楽家になるんだ」とはっきり思われたのは、いつ頃のことですか?
また、親と自分がかみ合わないというか、親が自分の個性や適性を無視しているというようなことを、はっきりとわかったのは、いつ頃のことですか?



知らないということは楽で楽しい人生が送れるということもあるので普通のヒトにとってはそれでもいいでしょうけど、あまりに、そういう一般人の無知を利用する商売が多いので、呆れてしまうのですよね…。僕もずいぶん寛容なほうだと思いますけど(例えば小姑に比べれば)、それでもこういう話はちょっとイラつきます。まあ、関わらないのが一番と悟ったので、今後は少し穏やかに過ごせることを期待したいw

音楽家、かあ。中学くらいにロック聴き始めて、こういうものになりたい、と漠然とは思いましたが、「歌うような自分」になるには、かなりの試練があったので、身の程的に無理かなと思ってて(こっちの人と違うのでw)、なので具体化したのはホテル時代、感覚が目覚めて、書き溜めた作品が充実し始めてからですね。なので、やっぱり自分自身が親のことでいろいろ気付いて、変わり始めてからです。

親とかみ合わない、というのは、たとえば父が剣道とか習わせたり、そういう不向きなことさせられてたので、細かいことではずっと思ってた気がします。あと、僕はものすごく落ち着きがなく情緒不安定だったので、常に「ちゃんとしなさい」と言われたし、あとは友人関係かな。母に言われて一番覚えてることは、あの人と付き合っちゃだめ、こういう友達と付き合いなさい、と常に言われ続けたことです。だから、僕は自分が好きだったり、楽しかった相手とは遊べませんでした。友人関係、後には異性関係もですけど、母の目に適う人でなければダメだ、という意識がずっと付きまといました。これは今もだね。よく悪口もいってるし。
なので、一人暮らしして、この部分が自由になったのは、僕の人生にとって相当大きいですね。

ジョンレノンの、「母」ではなくミミ伯母さん、育ての親ですけど、この人はすごく厳しくてうるさいヒトだったようなのです。オノの前の妻、シンシアの書いた自伝があるのですが、このミミオバサンのことがすごくキツイ性格だったと書いてます。彼女のお眼鏡に適わないと全てがダメだった。と。レノンもそれを煩いと時には思いつつ、でも実は自分を強制してくる女性に依存する癖があるんじゃないかって、シンシアは書いてました。なので、オノさんもそういうキツくてカッチリして、いろいろ縛る感じのヒトなので、その部分もレノンは惹かれたんじゃないかって言ってましたね。
それ僕も、判る気がします。母の性格や存在がウザいと思ってても、でも実は似たような異性に惹かれてしまう、という部分はあると思います。僕は実際、よく異性に振り回されますしw


*yuhka-uno
私の親は、習い事を強制するということもなく、というよりは、ほとんど習い事らしい習い事をさせませんでした。私たち兄弟も、特に習い事をやりたいとも思いませんでしたので、不都合は感じませんでした。今から思えば、単に母がお金を出し渋る性格だったから、習い事をさせなかったんだと思いますけどね。
友人関係についても、特に口出しされるということもありませんでしたね。
私は、弟と扱いが違うということについては、不満を持ってはいたものの、今時親が離婚してる家庭なんて珍しくないし、「気遣い」についても、当時はああいうふうにするもんだと思い込んでいましたし、うちは他所の家よりも寛容で、自分はちゃんと愛されていると思っていました。
例えばmcさんみたいな、親が子供の意思に反して習い事をさせたり、交友関係に口出ししたりする家の子の話を聞いて、「かわいそうだなぁ」「うちはああいう家じゃなくて良かった」と思っているような子供時代でしたね。それは私の母自身もそう思っていたと思います。自分はああいう母親とは違うんだと。結局違わなかったんですけどね。
mcさんの場合は、もうずっと「ああ!一人暮らししたい!自由になりたい!」と思ってらっしゃったのでしょうか。
 
ジョン・レノンの場合は、ミミ叔母さんが厳格な人で、実母のジュリアが自由奔放な感じの人なんですよね。ジョンが音楽の道を進むことについては、ミミよりジュリアのほうが理解があって、ジュリアがジョンに楽器演奏を教えたんでしたっけ。
そのお話を聞いて、オノ・ヨーコという人は、ジュリアとミミの特性を併せ持った人なのかなぁと思いました。加えて、ジョンにとっては、自分に振り向いてくれて、愛情を与えてくれる人だったんでしょうかね。
 
私が人生で初めて恋に落ちた人は、あの、私を有効利用してくれた、高校時代の先生でした。当時の私は、私の反抗心を無意識に抑圧する父に対して不満を感じていたのですが、異性の先生に無意識に求めたものが、「父親」ではなく「母親」だったあたり、やっぱり私にとってのラスボスは母だったんだなぁ…と思いますね。
私は、うちの両親のドロドロを見た後だったので、告白するとかそういうことは、特に何もしませんでした。まぁ、先生が独身だったら、告白したかったですけどね。今となっては、良い思い出です。



なるほど。
小学一年から両親が共働きになり、実家に居て一人の時間が出来るようになったんですよね。最初はそれはもう大泣きして死ぬかと思うほどの寂しさでしたが、そのうち、一人だと好き勝手出来る、と気づいて、それからはその時間が楽しみになったんですよ。下校してから両親が帰宅するまでの間、2時間くらいかな、それが毎日の唯一の楽しみになりました。音楽やその他の趣味も、その時間に全部自分の中に芽生えたものだと思います。一人で反芻して培養する時間があったんですね。恐らく親がべったりだったら、そういう余裕はなかったはずなので、結果的に、両親共働きで留守だったことが、僕の人生を救ったんだと思います。どんなに厳しく縛られても、そこで開放できたから生きて来れたんだと思う。それがなかったら、ホントにいま何も出来てなかったと思う。怖いですね。

オノの件はそんな感じですね。ミミはレノンが成功しても全然喜ばなかったそうです。おまけにプライベートではデビュー前に既に結婚してたので、家庭にも縛られて、自由な時間は全然なかったみたいで、世の中ではレノンが天才だった、ということになってますけど、そんな天才も、おそらくマッカートニーが居なかったら仕事として続けてく精神力はなかったと思います。バンドの音楽的実務は全部ポールが仕切ってました。

ほとんどのヒトにとって、レノンにとってのポールやオノのような人には出会えないんですよね。なので、一人で閉塞して進めないんだと思う。僕もそうでした。
誰かに出会えなくても、僕や yuhka-uno さんのように自分で気付けるのはまれだと思います。大概はよく自分のことも判らずに、他人に対して連鎖を繰り返すんだと思う。そうやって世の中は何世代も続いてるんだなあ。すごいなと思う。逆に言うと、そうやって鑑みる余裕もなく続くから、人間の種が継続してるのかもしれない。そんなこと考え始めたら繁殖とか出来ないよなあ、と思うので。笑。

先生は、よい出会いでしたね。
僕は、人間である限り、なんらかの恋愛感情こそが、キモチが大きく動き出すきっかけになると思ってるんです。そういうことがあって初めて、今までにないような感情が沸き気持ちが動き、自分を鑑みたり何か前向きになろうとか、それまでとは全然別な感情が生まれるじゃないですか。人間としてなにか気付けるときがあるとすれば、そこか、あとは自分の子どもが生まれたとか、それくらいじゃないかと思う。普通は先に恋愛があってから子どもがあるわけですから、人生の中での一番最初の精神的な目覚めは恋愛であると言っても過言じゃないと思う。僕はそう考えて、いまでも、そういう内容に拘って歌ってるんですよ。恋愛は自分の内面について考えることだから、そうすると、前に書いた、平和がどうとか言ってる割に犬の糞放置かよ?みたいにはならないでしょ。そういう外向きのモチベーションでは、所詮それレベルなんですよ。自分が大好きな相手が出来たら、たとえばそんな放置なんか出来ないと思いますよ。人間が精神的に最大スペックを発揮するのが恋愛だから、それが大事なんだ、ってことなんですよね。そして、恋愛は他者をはじめて認めて認め合って、それで成立するものです。それは「平和とか繋がり」というものの最小単位になるので、そこがとても大事なんだ、と。そういうことなんです。
ということなので、僕も恋愛が自分を救ったし、 yuhka-unoさんも、その先生との出会いは何かのきっかけになったのかと思いました。


*yuhka-uno
私も両親共働きで、最初は学童保育に行ってたんですけど、そこの居心地があんまり良くなかったんですね。なので、学童保育をやめて家にまっすぐ帰れるようになった時は、「やったー!」でしたw
もともと一人で遊ぶのが好きな子だったので、全然苦にはならなかったですね。絵を描いたり本を読んだりテレビを見たりして過ごしました。もちろん友達と遊ぶのも楽しいですけど、私は絶対一人の時間が欲しくなるんですよね。
そういえば、ひきこもりになる前よりも、ひきこもりになってからのほうが、自分の中で精神的に積み上がっていったものが多いような気がします。ひきこもりになる前は、無意識に母が「NO」と言わない範囲内でしか、自分の行動を選択していない時代だったので、そういう意味では、間接的に親の干渉を受けている時代でしたね。
考えてみれば、私も、今までの人生で、一人でいた時間に精神を解放させていましたし、反芻して培養していたような気がします。だとすれば、ひきこもっていた時期って、私にとっては、無駄に過ごした期間ではなく、むしろ、自分の中で何かを養う時期だったんだろうかと思いました。
 
私は、一緒にいる人の能力を伸ばすのも才能のうちなんじゃないかな、と思います。と言うのも、母が能力を潰すタイプの人だからですね。天才が才能を発揮できるのは、「他人の能力を伸ばす才能」を持った人に出会えたからというケースは多いんじゃないかと思っていました。
ジョン・レノンにとってのポールやオノ・ヨーコは、そういう出会いだったんでしょうかね。
 
私は、自分でもわからないままに、徐々に徐々に人生の歯車が狂っていって、自分でもわからないままに、ひきこもりになりました。ネットで心理系のサイトを調べているうちに、自分がこうなってしまった理由が一気にわかる瞬間があったんですね。だから、ネットがなかったらと思うと本当に怖いです。一生、わけがわからないまま、立ち直れなかったかもしれません。
今でも「もしかしたら、私は家族に使い捨てにされたまま、一生自分の人生を生きられないまま終わるんだろうか」という不安を感じます。でも、親のことを色々と気付いて、自分が変わっていくと、人生も変わっていくものなんですね。ちょっと安心しました。
 
恋愛について、mcさんがそのように思われるということは、mcさんの人生の中で、恋愛がものすごく大きな出来事だったのでしょうね。
うちの親も、恋愛はしていて、子供が生まれているわけですよね。その犬の糞を放置する人も、一応恋愛はするんでしょう。だとしたら、変わる人と変わらない人との違いって、何なんだろうと思いました。子供が生まれた時点では気づけなくても、成長していく子供に気づかされるということもあると思うんですけど、子供に気づかされることを拒否し続けるような親もいますからね。
だとしたら、恋愛は自分が変わるチャンスなんだろうか、と思いました。人生の中で自分が変わるチャンスは色々あって、恋愛はその中でも、多くの人にとっては大きなチャンスなんじゃないだろうかと。そのチャンスを掴めるかどうかの違いなのかな、と思いました。



そうですね。僕のその、放課後の2時間、も重要なヒキコモリ培養時期だったのだろうと思います。当時は気付かなかったのですが(子どもだったし)、それは自分が曲を創るようになって、そうだったのかと思ったんですよ。そういうことをブログで書いたのがこれですね。
http://karakawa.cocolog-nifty.com/egm/2010/10/post-d42a.html

そうそうネットですね。気付いて歌うようになってから、また別な出来事があって10年前に再びヒキコモリになったんですけど、それを救ったのは、僕もやっぱりネットでした。その成果が最近の活動に繋がってます。追い込まれると、何か小さな突破口を見つけられる、というその繰り返しなんだなあ、と最近思ってます。

そうですね。恋愛。あとは以前 font-da さんとちょっとやり取りしたんだけど、ある監督のAV(!)作品に出会ったのも大きかったです。恋愛の延長として。親との確執があるヒトって、性に関することも汚らわしく思うことが多くないですか?それを救ってくれたという感じです。

そんな事を含めて、恋愛について、常に考えてなくとも、その根底にある気持ちの変化的なもの。それを何かに付け思い出すことで、自分が正常に保っていられる、というようなことなんだと、僕はそう思ったのでそれを実行してるんです。あ、いや、実際に「遊んでる」ということじゃなくて、それを作品に必ず含むことは最低条件として常に考えているって感じです。あまり重要視しないヒトも多いけど、人間である限り、実はすごいでかい要素なんだ、と言い続けたい、ってことですね。

こないだネットである文を読んで「おー」と思ったんですけど、子どもにとって一番いい親とは、お互いの配偶者を愛することだ、というのがあって、子どもを愛するんじゃなく、夫婦が向き合って愛し合ってることこそが、子どもに一番いいのだ、というのは、なんとなく判っていたことではあっても、改めて文字にして読んだのは、すごい新鮮でした。僕の言ってる、恋愛至上主義、というのも、そこに繋がると思いました。

追伸なんですが、こっちの音楽家について、なぜそこまで糾弾するかというと、自分自身のトラウマのことが大きい、と思ったんですね。

これまでずっと話したように、僕は自分が思ったとおりの行動が出来ず、頭の中で素晴らしい事を考えても、それを実現したり実行する力もなかったし、その方法も知りませんでした。また、子ども時代はキョドっていたので、それら含めて、とても痛い奴で何も出来ないやつ、という見方を殆どのヒトからされてて、心の中では「そんなことない、おれはホントはすごいはず。でも証明できないだけなんだ!」とずっと叫んでいました。
たまにそういう僕の素質を見抜いてくれて、伸ばしてくれるヒトもいました。yuhka-unoさんの先生のような人ですよね。僕の人生でも時々そういうことがあり、ピンポイントで能力を発揮できるときがありました。そういうときの周りの反応は、すごい意外だった、というもので、でも褒められる、というよりは不気味がられるほうが多かったです。
そんな故郷での生活が続き、実家時代を終えひとり暮らしになりました。そこからが自分の人生だ、と思ったという話はしましたけど、それ以降の自分の生きる目的は「ホントは自分はすごい、ということの証明」のみになったんです。

そういう流れで、自分はヒトからずっと認められなかった、みんな表面上だけで判断して、自分の深層まで興味を持って接してくれるヒトが居なかった、そしてそれは、結局大人になって、こんなに時が経っても、こうやって田舎に来て、また同じなんだ、何十年経っても人は全然変わらない、みんな僕のことを表面上でしか見ないし、どうせよそ者だし、なんか恵まれてそうな雰囲気の僕なら多少痛みつけてもいいだろ、的な空気も感じるし、そうして僕から搾取して踏み台にして去っていき、そんなことしながら人気者のように振舞っている、という現実が、本当にがっかりするんです。

でもそれは、何度も言ったように20年遅れてるから、つまり、僕の子ども時代のようなことが、今こっちで起こってるんだとしたら、世代的に、子ども時代の僕を理解しなかった仲間やオトナと、いまのこっちのオトナどもが同じなんですよね。そう考えると、今はこうだけど、20年後へ期待を持つことは出来る。そう思うしかない、と言う感じなんです。

ある意味、長い人生でどん底時代と、もてはやされた時代と両極端を経験した感じじゃないですか。僕自身はまったく変わってないのに、他人の態度だけ変わるんですね(あ、自分が変わってないってのは自分の中身のことで、外への出し方は変わったわけだけど)。
そういう意味じゃ、トラウマから開放されて救われたと思っても、また別の試練が来るんですね。正念場はそこからだった気がする。その辺は、今後もしっかり心の準備しておいても損はないと思いました。希望を未来に繋いで。


*yuhka-uno
偶然なんですけど、最近、「日本のホームドラマを振り返って、家族観の変化を見よう」みたいなテレビ番組を見まして、そのドラマがちょっと取り上げられていました。父、母、姉、弟という家族構成で、家族がそれぞれ問題を抱えてしまうのだけれども、表面上普通の家族のように振舞っていて、弟が家族の問題を表面化させる役割になる、みたいな内容ですよね?
mcさんが「東京住民」という意識を持っているのは、単に東京に一番長く住んでいたからというだけでなく、自分の精神を養う時間に見ていたドラマが、東京を舞台にしたものだったから、というのもあるのでしょうか。
 
性に関しては、うちはそんなにうるさくはなかったので、子供の性を縛り付ける親がいるというのは、正直なところ、知識として知っていても、感覚として理解しているわけではありません。
まぁ、性に関する葛藤が全くなかったのかというと、そういうわけでもないですね。性が汚らわしいとかよりは、性に対する価値観の面での葛藤です。そのことに関して、以前記事を書きました。
http://d.hatena.ne.jp/yuhka-uno/20101208/1291809081
今から思うと、エロスと、上品さと、自分の「これがしたい!」という気持ちで生きるということを両立した女性が、思春期の私の目の届く範囲にいれば良かったと思います。私がDita Von Teeseを好きなのは、そういう理由ですね。
 
Motherもそうですし、801やBLが救いになる人もいるわけで、思わぬものが、親や世間からの押し付けから救ってくれることがあるものですね。というか、世間の価値観の押し付けから救うものが、ある意味「世間ズレ」したものになるのは、当然ということなのかもしれませんね。
 
恋愛については、私にはまだまだわからない部分が多いです。「子どもにとって一番いい親とは、お互いの配偶者を愛することだ」という言葉も、私にとっては、すんなり飲み込める言葉ではありませんし、考えれば考えるほど、わからなくなってしまいます。
ただ、最近、両親は最初から合わない夫婦だったのであり、父にとっては、今の恋人のほうが合う女性だったということを知ったのは、不思議なことですが、自分にとって救いではありました。それまで私は、恋愛関係になるということは、別れる可能性を高めるもので、友人関係のほうが、細く長く付き合えるのではないか、と思っていましたから。自分にとって本当に合う相手なら、最後まで別れずに付き合えるのかもしれないと思えたのですね。

私は、元来マイペース人間なのに「気遣い」や「良いお姉ちゃん」を要求されていたので、上手く振る舞える時と振る舞えない時との差が激しかったです。
あの先生との関係に居心地の良さを感じてはいたものの、完全に良かったのかというと、そうでもないのんですね。私は母によって、「忙しい目上の人に迷惑をかけてはならない。むしろ助けてあげなければならない」という意識を植え付けられていて、それに背くことに罪悪感を感じるのです。今でもその意識はなかなか払拭できていません。
先生は、私の話もよく聞いてくれて、私に気を使ってくれたので、私は先生の頼みを断れない苦しさを感じていました。今なら、親と子、教師と生徒では、それぞれ立場も責任も役割も違うということがわかりますが、当時はそれがわからなかったのです。
後に先生に助けを求めた時は、罪悪感を振り払うのに苦労しました。
 
上手く振る舞えている時というのは、大抵、ものすごく頑張って「良いお姉ちゃん」をして、それが何とか成功している時でした。当然、成功していない時も多いわけなんですね。
ひきこもりになる前、働いていた時は、全く自分に向いていない職種ばかりを選んでいたのに加え、常にビクビクオロオロしていて、全然上手く振る舞えませんでした。
カウンセリングを受けて初めて、「普通の人は、多少他人より多く失敗しても、できるようになろうと挑戦する人に好感を持つ」ということに気付いたんですね。
「良いお姉ちゃん」がしんどくても、「良いお姉ちゃん」以外に自分の立ち位置を確保する術を知らないから、それに妙な居心地の良さも感じるんです。これからは、自分がしんどくならない立ち位置を見付けていく必要があると思っています。
 
>自分が変わってないってのは自分の中身のことで、外への出し方は変わったわけだけど。
最近、自分の根底の部分って、そんなに変わらないもので、生き方が上手くなるとしたら、外への出し方が変わることなのかも、というようなことを思っていました。



なるほど。そんな番組があったのですね。あと、自分の精神が目覚めた時期に、そういうドラマを見てたから、東京住民のようなかんじがする、というのは鋭いと思いました。もともと空想癖がありドラマやアニメの中に自分も住んでるような気分なことも多々ありましたから、まさに「住民」気分だったんじゃないでしょうか。あと、いまの土地についても、昔見てた時代劇が実は長崎が舞台のものでして、そう言われれば江戸時代の長崎については自分の故郷のような感覚あります。この話すると、よく笑われるんですけど、時代劇に憧れて来た、というのはよほど不思議らしいですねw

性についてですが、女性も、一般的な女性観、というものがあるでしょうけど、男性も同じですね。マッチョじゃなきゃいかん、とかジェンダー系でもいろいろあります。そのどれもがイヤだったので、僕は絶対に「男性っぽく」振舞わなかったんです。だから、ゲイのヒトからよく誘われた。違う、僕はまったくストレートだから、と言っても、同性にも異性にもなかなかその姿勢は理解されなかったんです。こっちで福山が受け入れられづらいのと、なんとなく似ています。僕はいつも、実際の年齢よりずいぶん若く見られるんですが、それも男性的なものを拒否してたおかげで、おっさん化が遅れたのではないか、といま思ってます。
こっちが20年遅れてる、というのはこういう部分も大きくて、今のような自分でも、同年代で東京では普通に接してくれるヒトがたくさんいたのだけど、こっちは非常に難しくて同年代で気質が合うヒトも殆ど居ないし、ホントに20年前に戻ったみたいで、すごく話しにくい感じでした。若いコは男性も女性もそんなの気にしないので、まだ楽なんです。そこだけ救いです。

どんな場合も、子どもにとってオトナのサンプルは両親ですから、夫婦間に愛がない家庭に育つと、自分も男女間の愛をどう育んで良いのか、その方法がわからないんですよね。僕の場合も、相手から好かれるんじゃない限りは、すごく難しかったです。いまはもう結婚とか無理だろうと思ってます。

うちの母は、なんと13人兄弟!のちょうど真ん中でして、当時としては美形でスタイルも良かったこともあって、上の兄弟や、社会に出てからも(看護士だった)、職場の上の立場のヒトにすごく重用されたようです。まじめだったし。
それがあるのか、僕にも「年上のヒトに認められるように、付き合う相手も年上にしなさい」と常に言ってましたね。実際の自分はまったく逆になってしまった。もちろん最初はそうしようと思ったのですが、子ども時代から、年上の人たちにどうも邪険にされるんです。かわいくなかったんでしょうね。結局、その後も僕は、年上から反感を買い続ける人生でした。人間的に、だけじゃなく、僕の提示する方法論とかも相手にされないんです。そんな時代が長く続き、90年代中盤になっていきなり価値観がひっくり返って、僕のような価値観が認められると、今度は逆に、それまでブイブイ言わせてた連中がみんな退場していきました。それと入れ替わるように僕の音楽家生活が始まったわけなので、内心「そらみろ」と思ってましたね。あの頃、証券会社や銀行とかが潰れてったじゃないですか。両親はそれがすごいショックだったらしく、当時僕にシミジミ言ってきました。「お前の生き方が正しかったのかもしれないねえ」と。

ものすごく頑張って「良いお姉ちゃん」をしてる、というのはとてもよく判る感覚です。僕もそんな感じでした。すごい不本意なんだけど、一生懸命やってる。それストレスになる。ホテルやる前まではまさにそんな感じでした。そうそう。他人は自分が思うほど、こっちのことは気にかけてないものなんです。

なんだか自分の話しばかりで申し訳ないんですけど、そういえば僕は自分に自身が付く前までは、自分の曲の音源がどれも自分の声(ヴォーカル)が小さかったんです。自分の声が目立つのが嫌だったんですね。みんなに言われました。「なんでアンタの曲は全部歌が小さいの?」と。それは、声がキライだったし、歌も下手だったし、恥ずかしかったし、といろいろ理由があったんですが、ともかく歌が聞き取りにくかったんです。でも、そうやって自分が吹っ切れたあと、思い切ってみんなが言うように、歌のボリュームを大きくして聴きやすくしたんですよ。もちろん下手だし、声もキライなままでしたが、まあ何を言われてもイイや別に、と開き直ったんです。そしたらですね、それまでの反応と180度変わったんですよ!みんなが「これいいね」などと言って、僕の音楽を聴いてくれるようになったんです。さして実力は変わっていないのに、堂々としただけでまったく変わったわけです。この経験は今も忘れられません。他人というものは、失敗したとか下手だとか言うより、そのキョドった様子に一番拒否反応を示すんだ、と。別に常に完璧な自分である必要はない、そのままでいいのだ、と。
そういろいろ振り返ると、あの時代の僕は相当目覚めて変わったんですよね。そういうことが人生においてあるんですよね。おもしろいです。


*yuhka-uno
あれから恋愛について色々考えたんですけど、自分はどうも「恋愛関係」というものに、何かひっかかりを持っているな、と思いました。エロスとかセクシーとかについて「汚らわしい」という感覚はそんなにないし、「恋愛感情」そのものにも嫌悪感はない。ただ、恋愛関係と、それをベースにした夫婦関係には、何かもやもやしたものを感じていますね。たぶん、自分で恋愛を体験する前から、両親の関係を見て、「恋愛関係の行き着く先とは、所詮ああいうものだ」という印象を抱いてしまったんでしょう。
 
以前、おそらく私の親世代くらいの人が、草食系男子について話しているTogetterを読んだんですけど、「どうしてこうなってしまったのか」「若者は責められないよね。私たちの育て方に問題点が」みたいな視点で話してて、「結局、草食系男子=ダメ前提かよ」と思ったんですよね。
そもそも「マッチョじゃなきゃいかん」という価値観に無理があって、バブル崩壊以降、その価値観が薄れて来て、無理してマッチョになる必要性がなくなってきたんだから、もともと潜在的にいた人が可視化されただけなんじゃないの、と思うんですね。
これって、寿司屋でサビ抜きを頼む若者が増えたって話と似てると思います。年長者は「若者の味覚がおかしくなった」と言いますが、私からすると、年長者(特に男性)の「スイーツは女子供の食べ物。サビ抜きを頼むのは格好悪い」という価値観のほうが謎なんです。もともとどの世代にも、ワサビ苦手な人はいるんじゃないの、と。
私はマッチョが苦手なので、今の時代に生まれて良かったですw
 
山一証券が潰れたのは、小学生の時だったと思います。阪神大震災も地下鉄サリン事件も小学生の時でした。阪神大震災は「体感」として記憶に残っていますが、証券会社や銀行が潰れるというのは、小学生にはピンと来ない話で、テレビを見て「なんかよくわからんけど、大変らしい」と思った、という感じですね。小学生は、クラスメイトのお父さんが職を失うとか、親が節約に一生懸命になっているとか、そういうことで不景気を実感してしました。あの頃の大人たちが、個人レベルでどう不景気を実感したのか、どう価値観が変わっていったのか、私はよく知らないわけで、そういうお話はすごく面白いです。
親世代の方法論や成功体験が裏目に出るというのは、機能不全家庭だけでなく、今の日本社会は全体的にそうだと思うんですよね。だから私は、今の社会は機能不全社会だと思っています。
 
「普通の人は、多少他人より多く失敗しても、できるようになろうと挑戦する人に好感を持つ」というのも、「他人は自分が思うほど、こっちのことは気にかけてない」というのも、自分の視点から他人を見た時のことを考えると、当たり前なんですよね。
母は、「世間様」の前で私が何かを「やらかす」ということを、必要以上に気にしていました。でも、大人になってみると、子供が何か「やらかす」ということなんて、子供なんだから当たり前のことなんですよね。気にしていたのは私の母だけ。当たり前のことがわからなかったんですね。
音楽家さんでも、歌うの恥ずかしいとか思うものなんですね。もしかして、その経験は、以前「ボイトレって何のためにするのか判らない」と仰っていたことと、関係ありますか?



なるほど。
僕の場合、もともと子供の頃から「おんなのこ」好きだったんですよ。性的な意味だけじゃなくて存在そのものが大好きだった。性同一性ナントカではないんだけど、おんなのこになりたい、と思うような子どもだった。親にどんなに規制されても、おんなのこと音楽だけは、それを止めることが出来ないくらい好きだった。だから、それを原動力にナントカ乗り越えた部分があったと思います。それがなかったら、こんなに何度も蘇ったりしないと思うのです。僕も何度も挫折やヒキコモリ繰り返しましたので。そういう意味では、そういう欲求が少ないと、恋愛関係に意味を見つけにくいのかもしれないな、って思いました。

ああそうか。最初からダメ前提ね。確かにそうだと思います。今が普通なんですよね。でもそう思ってない人がブツブツ言う。そして20年遅れてるこの町の壮年どもも、そういう、と。
ちょうど、昨日までおくんちでしたよ。逞しい男たちがヤグラとか担いで一日じゅう町中練り歩き、見物人もみんな付いていきます。マッチョじゃないとありえないですよね。そんな中、ぼくみたいなヘナチョコは、どう考えているのだろう?といつも考えます。
別にどっちも主流じゃなくていいから、お互い存在を認めればいいのにねえ。

95年頃はすごい事件が多かったですね。サリンに震災に、大規模倒産ブーム。ちょうど今と似た感じでした。僕はあのときの経験があるから、とっさに「これで価値観がまったく変わるだろう」って思いました。3月にトラぶって市内の同業者と縁切ったのは、直接はいろいろ被害に遭ったからですけど、間接的には、こういう古いやり方は震災を機に通用しなくなるから、見切るべき、という咄嗟の判断が働いたんです。
95年の震災は関西でしたけど、それ以外はすべて東京で起こったことで、マッチョ&バブリーな考えが一気に葬られやすかったんだと思います。あと人口比的に、あのころ成人した人たち、団塊ジュニアで人口多いんですよね。それもあって、一気に古いヒトが外に追い出された感じでしたよ。あの頃の20代のヒト、みんなすごい勢いあって元気だった。古い価値観はそこで一掃された気がします。そんな彼らがいま30代中盤だね。今も勢いありますよね。でも日本が変わったのか、というと yuhka-unoさんの視点ではどうなんでしょう。僕は少なくとも95年には劇的に変わったと思ってるので、それ以前よりは少しは良くなってるはずと思ってます。

こっちじゃそういう変化の経験ないからね。どこかで起こってる対岸の火事みたいな感じだったんじゃないかなあ。だから変化がないまま20年前の価値観が継続している。そしてそれは今回も一緒ってことです。遠く離れた場所で起こってる大惨事。胸は痛めててみんな何かしたいと思ってるんですけど、なんか違う。そんな違和感があります。

ボイトレかあ。難しいんだけど、偏見も持って欲しくないので言いづらい部分もあるのだけど、結局そういう何かの精神的習い事って宗教じみてこないですか?ボイトレだけでなく、僕はパーカッション専攻だったのだけど、その先生も「師範」みたいな感じで精神論から始まるんですよね。あとヨガ的な身体鍛える的なことも。
そのどれも確かに当たり前で重要視すべきなんだけど、イチローじゃないけど、僕はそれは、完全に「データ」だと思ってるので、そういうやり方で叩き込まれるのは、ちょっと違うんですよね。
あと、やっぱり実際にするのは「自分」だから、自分自身の感覚に気付いて伸ばしていかないとならないわけで、それは習ったりするものではない、という感じでしょうか。気付くのは自分だから。ヒトに教わるものではない。すべてが「自分基準」なんですよ。恥ずかしいとかそういうことも、アーティストである以上は「自分で気付いて直していかないと」ならないってことですね。

スパルタだったバンドマスターのおっちゃんは、具体的にどうしろと言わなかったし、精神論でも責めてこなかった。ただ単純に「おい mc、音楽ってそういうことじゃねえか?オレはそう思うよ?」と言うんです。これは効きましたよ。僕のプレイスタイルや演奏に対する態度は、音楽を優先していないではないか、という指摘だったと僕は捉えました。まず最初に「場」があって、そこに自分を提供する、と。何をどう提供するかは、それが必要か不要か、そういうこと含めて「自分で」考えなければならない。
同じことはホテルでも起こりましたね。「自分で」考えるわけです。
なので、歌う場合も「自分で」どう歌うのか考えなければならない、という感じでしょうか。なので、当初恥ずかしかった、というのは、そういうレベルに自分が達してない、と認識してたのもあったと思います。結局、気にする部分が違ってたので上達しなかったんでしょうね。
あと、やっぱり僕みたいに押さえつけられて生きてきた人は、「誰かに教わる」ということが出来ないのですよ。指示や指導されると反感が沸くんです。だから、バンマスのおっちゃんのように「相手に自分で気付かせる」というやり方はすごい効きますね。逆に、気付かない人は振り落とされちゃうわけなので非情といえばそうなんだけど、プロの世界なんだから、それは当然でしょ、ってことなんでしょうね。


*yuhka-uno
「おんなのこになりたい」かつマッチョ的振る舞い拒否だと、確かに今の時代の価値観のほうがずっと良いでしょうね。そういう男性のジェンダー観が変化してきたのって、本当にここ最近のことですよね。
私は「恋愛」と「お付き合い」と「セックス」は、また別のものだよなぁと思うんです。「恋愛」していなくても「お付き合い」や「セックス」をすることもあるし、逆に「恋愛」していても「お付き合い」や「セックス」をしないこともありますから。
バブル期って、「お付き合い祭り」「セックス祭り」になってた時代、というイメージがあるんですよ。「お付き合い」や「セックス」を、大してしたくない人までしないといけないような、そんな価値観になってたのがバブルなんでしょうか。
私は、エロスは好きなんですけど、「お付き合い祭り」や「セックス祭り」に参加したいとは思わないんですよね。
mcさんにとっての恋愛の大切さと、バブル的性価値観って、全然違うものですよね?
 
実は「おくんち」というものをはじめて知りました(笑)。ちょっと画像検索とかしてみたんですけど、かなり大規模なお祭りなんですね。なるほど、これじゃ朝5時から花火も上げるわけですね。まぁ、私はそういうのがあったら、見物しに行くとは思いますけどw
でも、マッチョが「主流」というのは嫌ですね。
 
バブル崩壊についてもちょっと調べてみたんですけど、数字としてのバブル崩壊と、体感としてのバブル崩壊って、時間的にズレがあったんですね。とすると、体感的バブル崩壊が、95年前後ということだったんでしょうか。
団塊ジュニアというと、「就職氷河期で割を食った人たち」という印象だったんですけど、一方では古い人を追い出した面もあったんですね。そんな世代交代現象があったなんて、知らなかったです。ちょっとイメージ変わりました。
私の世代では、バブル前後の価値観の変化って、例えばああいった「草食系最初からダメ前提」とかを見て感じるものですね。リアルタイムの体感はないけれど、ああいうメディアとか大人の話を見聞きして、「ああ、変わったんだなぁ」と感じています。
私が今までに体験した価値観の変化といえば、「ネット以前とネット以後」くらいですかね。ネットの普及は、バブル以後の価値観を加速させたんじゃないかと思うんです。
この震災によって価値観がどう変わるのか、どの程度変わるのか、私にはまだよくわからないんですよね。もしかしたら、私が初めて体験する価値観の変動期なのかもしれません。
 
ボイトレって、素人はもう既にある程度偏見持ってるような気がします(笑)。
私、精神論根性論というのは、手段が目的化していることと、考えるのを怠けることだと思っているんですよね。だから、「自分で気づく」ということは、自分で考えるということだし、なぜそれをするのか、あるいはしないのかを、やってる本人が理解しているということなのかな、と思いました。
 
>僕のプレイスタイルや演奏に対する態度は、音楽を優先していないではないか
この一連のやりとりの最初の方で、チャリティーに参加しないのはなぜか、というお話をしたときに、「その行為は、音楽を優先しているのか否か」が、mcさんの中で、指針というか軸というか、そのようなものになっているのかな、と思ったのですが。



「お付き合い祭り」「セックス祭り」とは言い得て妙ですね。確かに、あの煽り方はそれを奨励してますね。
うん確かに恋愛重視というのは自分ならではの考え方ですね。それを重視してないヒトにとっては、あまり伝わらないかも知れない。でも僕の歌詞の場合、それを他の関係、友人とか先輩後輩、親子とか、そう準えても意味が通るように書いてるので、きっかけに過ぎないのかもしれません。聴くヒトによっては、例えばバブリー恋愛祭り思想の人はその思想の中で捉えるだろうし、そうじゃない人もいるだろうし、受け取る側の内面での違いになって来るでしょうね。一旦外に放たれたメッセージは、もう受け取るヒトの持ち物だと僕は思ってるから、なんにせよ、何か思ってくれることは僕はうれしいです。
こないだツイッター見てたらある女性の面白い発言があって、一回セックスしたくらいで付き合いたいとか言うな、セックスは好きだけど男女交際はイヤだ、っていうのがあって、ああ確かにそうだ、行動が限定されちゃうもんなあ、と思ったんですよ。ひょっとしたらステディという考え方自体キリスト教的で、日本じゃもう古いのかもしれません。

団塊ジュニアのことで思い出したのですけど、その世代がこっちになぜか居ないんですよ。同業者には居ませんし、お客さんとしても居る気配がしません。人口多いはずなのに、みんなどこで何してるんだろ?ってずっと思ってました。
最近ネットで知り合った、長崎出身の執筆家さんが居て(長崎に関する対談。その1その2)、その彼はその世代ですね。書いてた話の内容そのものも、典型的なあの時代の人の感覚で、懐かしく思いました。ああいうフリーダムな感じのヒトがこっちでは表に出ません。逆にいうと、みんな外に出てってるのかもしれないな。保守的な人だけ残って堅実に働いてるんでしょうね。音楽もせずに。氷河期だったしなあ。
ただ、やっぱり勢いがある世代だから、旧世代を追い出しても、今度は彼らなりの価値観を数で押し切る、みたいな部分もありますよ。なのでホントに恩恵受けてるのは、そのちょっと後の人たちですよね。 yuhka-unoさんとかの世代なのかな、と思ってます。
バブルの実際との意識のズレ、っていうか、みんなまだ認めたくなかったんじゃないかなと思う。僕は当時幕張新都心にいたんですけど、開発や企業進出、分譲の計画とかって、何年もかかるじゃないですか。バブル時代に計画されたものが、まだ94年くらいまで継続してたんですね。建築されてたり造成されてたりとか、目に見える形で。だから、まだ大丈夫に違いない、むしろそう思い込みたい、みたいな感じだった気がします。
バブル末期の幕張新都心の様子、すごく明確に憶えてます。この場所は○○の本社ビル、ここはナントカモール、というように空き地に建物が建つ計画があったのに、一向に埋まらずに、スカスカのままなんです。だだっ広い未来的新都心で、スカスカの空き地があちこちにある、というあの空気感、というか、そこに吹いてた風みたいなものの感覚は、忘れられません。あれこそバブル終了の実感でした。
そんで、銀行潰れて、やっと皆が現実を認めた、という感じだった気がします。

ネットは大きいですよね。1999年からの僕はネットがなければ存在し得なかったです。そこで全ての新しい出会いがあり、今の活動はそこから繋がってるんです。当時ちょうど成人した位の世代が、いちばんよく判ってると思います。そう、団塊ジュニアの、あと世代ですよね。そこはさっきの恩恵の話に繋がります。

うん。マニュアル化は怠けることだもんね。手習いの中年とか素人さん向けにはいいんでしょうけど、僕はそういうヒトを相手にしてないから厳しくなっちゃうんですよ。それに、やっぱり実践あってナンボなんですよ。だから精神論云々よりまず、やってみろ、と思うんです。こないだもここでボイトレの話になったけど、なら、うちでレコーディングしようって答えたけど、それは本気です。自分でどんどん実践して気付いてかないとね。実践が一番楽しいし。 yuhka-uno さんも、うちで録ってみないですか?笑。

音楽を優先、というのはその通りですね。僕はですね、歌がうますぎるヒトが嫌いなんです。楽曲を殺してしまうからです。全ての人は、音楽に傅くべき、と言ったら大げさなんだけど、やっぱり主体は音楽のほうにあるべき、って思うんです。音楽を大事にした上でのパフォーマンスなら全然よいのですけど、たまに「どうだー上手いだろう?」みたいな歌手って居るじゃないですか。それも「手段が目的化」ですよね。自分はそれが嫌だ、ってことなんですね。

たとえば、松崎しげるならいいけど、布施明じゃいやだ、的なことです(いや、どっちもちょっと違う気もするw)。


*yuhka-uno
世の中、様々なことに情熱を費やす人がいますから、「お付き合い」や「セックス」に情熱を燃やす人もいるわけで、それは良いんです。でも、バブル的性価値観って、そうじゃないよな、と思うんですよね。「お付き合い」や「セックス」を沢山するのが「普通・常識」になってしまっている。だから「草食系」な若者が異常に見えてしまうんでしょうね。
ステディな関係が良い、という人も、まだまだ沢山いると思います。ただ、そうじゃなくても良いというふうになってきたんでしょうね。それは、「お付き合い祭り」「セックス祭り」に参加しなくても良いというふうになってきたのと、同じだと思いますね。多様化したんでしょう。
 
田舎って、都会に出ていかないと就職先がないですからね。就職氷河期だったら特にそうだったんでしょうね。奈良だと、特に西側は大阪のベッドタウンですから、大阪で働いて奈良に住んでいる、という人も多いですけど、長崎だと、県から出ていかないといけないのかもしれませんね。
もしかしたら、団塊ジュニア世代って、影響持って勢いがあったところと、逆に全然いなくなってて影響なしというところと、二極化しているんでしょうか。
私の世代だと、あんまり数で押し切れる感じがしないですね(笑)。ネットと今の価値観の時代に生まれて本当に良かったです。
 
あの悪名高い「私のしごと館」がある関西文化学術研究都市も、未来的な綺麗なビルが建っているものの、土地がスカスカなんですよね。WTCの辺りもそうかもしれません。幕張新都心は、それの大規模版みたいな感じなんでしょうか。
そういえば、90年代の後半はまだ、バブルの残り香があったような気がします。「シャネラー」とかはそうかもしれませんね。
 
バンマスのおっちゃんの言葉が効いたのは、もともとmcさんが「音楽を優先させたい」という気持ちがある人だったからなのかな、と思いました。たぶん、そうじゃない人には言っても効かないんでしょうね。
「歌がうますぎるヒトが嫌い」と関係あるかどうかわからないんですけど、以前、「奥様お手をどうぞ」という曲をYoutubeで検索していたとき、私はどうにも、菅原洋一という人の歌い方が受け付けないな、と感じてしまいました。
 
>yuhka-unoさんも、うちで録ってみないですか?笑。
こんなとこで勧誘してどうするんですかw



そういえばメディアに煽られて恋愛祭りしてた人たちのこと、友人が「発情」と呼んでて笑ったこと思い出しました。バブルの頃だったな。なるほど、後から見ると相当異常に映ってたんですね。多様な価値観の存在を許されるのはとても大切なことですね。そうじゃないと、ソ連になってしまいます。

団塊ジュニアが二極化してるというのは、面白い視点だと思いました。今日、街を歩いてて、ちょうどそれくらいの年齢のヒトがマイホームパパっぽい感じで家族と歩いてたんですが、そういえばあの世代って、そういうオシャレな家族主義っぽいの好きだったような気がして、大人しい人は地方に残ってマイホーム人間として生きてるのかもしれない、と思ったりしました。それはそれで、僕の価値観でもないんだよなあ。うーん。居場所ないです。笑。

僕は音楽のことをよく憶えてますが、90年代後半、フォーキーとか言って貧乏臭い音楽が流行ってきたんですよね。僕のCDが出たときは、その時代だったんです。なんだか嫌でしたw その翌年に林檎とか宇多田が出てきて、ちょっとホッとしたの憶えてます。

>効いたのは

ああなるほど。もともと自分の中にある価値観だったから反応したということですね。そう考えると、うまく出会ったものですね。その仕事はもともと知人に紹介されたのですが、その知人はバンマスのおっちゃんを凄い嫌ってました。下手だしセンスもない、最悪だ、と言ってたので、そんなおっちゃんの下で演奏なんか出来るだろうか、と最初思ったんです。ところが、確かに凄くキツイヒトでしたが、前書いたように、いちいち言うことが的確で、僕はすっかり矯正されましたね。ちなみに、嫌ってた知人のほうは(担当はSAXだったけど)、全然上手くならなかった。最近も人づてに、今も下手なままだった、と聴き、なんだかげんなりしたところでした。そういうチャンスを生かせるのって、なんかタイミングですよね。

>勧誘して

まあ是非。笑。


*yuhka-uno
「発情」wなるほど。当時の恋愛祭りに乗らなかった人には、そう見えたのですね。
私は「反抗期」だと思いました。
以前、たぶん60代半ばくらいの男性が書いてるブログを読んでいたんですけど、その人が子供の頃は、童貞処女で結婚するのが当たり前、自慰行為をすると脳が溶ける、女に性欲は無いと言われていたそうです。その人は農村出身だから、都会より価値観が遅れていたかもしれないんですけど、すごい抑圧された時代だったんですね。
バブル期の性価値観って、その真逆みたいなもんじゃないですか。「反抗期」になっていた時代なのかなぁと思いました。現代になって、だんだん自分主体になって、多様化してきたのかと思います。だから、性価値観が自分主体の時代になるまでには、「反抗期」を経る必要があったのかもしれません。
 
あれから団塊ジュニアの二極化について考えていたのですが、団塊ジュニア世代だけでなく、私の世代や、もうちょっと下の世代も、二極化の傾向が継続中なのではないかと思いました。やっぱりまだ過渡期なんだと思います。
まぁ、第三次ベビーブームが来なかった団塊ジュニア世代で、マイホームパパになっているというのは、幸せなことなのかもしれませんが。都会より田舎のほうが婚姻率が高いのも、二極化に関係があるのかもしれませんね。
 
音楽アンテナの鈍い私は、90年代後半のフォーキーというものが、ピンと来ないんですけど、林檎と宇多田は、私、モロにその世代ですねw
私は流行に疎い子でしたけど、椎名林檎は好きだと感じていました。特に「真夜中は純潔」は印象に残っていますね。
 
キツイけど的確な人って、ある意味怖いですね。雷でピシャーンと撃たれるように図星つかれそうでw
そうそう、mcさんの「全ての人は、音楽に傅くべき」発言を読んで、私は正直、「mcさんだって、十分宗教の人やん!w」と思ってしまいました。すみませんw
ただ、mcさんの場合は、信仰の対象が音楽そのもので、「音楽=神」なのかな、と思いました。「ボイトレの先生=神」「布施明=神」は違う、ということなのかなぁ、と。
 
>まあ是非。笑。
哀しいかな、そもそも長崎に行く金すらないw
今のところは、自分自身の経済力を安定させることをまず頑張ります。



反抗期。なるほど。そうそう。
何かの価値観を強制され続けると、そこから開放されたとき、今度は反動で正反対に振り切ってしまうのですね。僕も、両親から解放されたとき、彼らとは正反対の価値観で行動し始め、やりきって飽きたあとに、ようやく本当にしたかったこと、中道的路線になったという感じでした。それもちょうどホテルの頃の時期だったんですよね。いろんなことがリンクして結果として今のようになってると思いました。それらの関連に主従とかはなくて、どれも均等に影響及ぼしあって相乗作用として起こった出来事だった、と思ってます。

その下の世代もそうかー。うん。確かにそういう気がします。まだまだ比率的には上の世代がどどどーんと居座ってますもんね。ところてんみたいに押し出されていくにはもうちょっと時間がかかるのかも。
そうそう。こっちは適齢の女性が余ってるらしいです。男性が少ないんですね。そうだった。統計的にも証明されてるんでした。かと言って女性の仕事もないし、みんな結婚したがってるし、そりゃ、アラフォーくらいになったら病んで来てヒトに絡みたくもなるでしょうね。そういうヒトに僕は去年たくさん絡まれたんだな、と今思いました。

僕が覚えてて、好みじゃない音楽性というと、ゆずとか猿岩石とか松たかことかそういうアコギ系の静かな感じのもののことでした。そういうのを当時、業界やメディアの人が「フォーキー(フォークっぽいってことらしい)」と呼んでたんです。浸透しなかったですけどね。そういうのを僕も強制されそうになって、嫌だなあと思ってました。今の若者は、こっちじゃそんな人ばかりになっちゃいましたけどね。路上系。

宗教ってのはまさにそのとおりなんです。笑。
半年前、マルチの勧誘と赤軍の話を書いたときに、そのこと言ってるんですけど、僕の場合、そういう宗教的弱さは常にあるんですよね。自覚してるんです。ただそのエネルギーが、音楽に向かったおかげで、変なことにハマらずに済み、生きのこれた、という感覚です。
他にも、去年だったかな、ありむ君とかと表現規制のことで、ココでやり取りしたのをまとめた長編ブログがありますけど(yuhka-unoさんも登場してますね)、宗教であれ規制であれ、ヒトを何かの方法でコントロールしたい、という欲求は常に心のどこかに沸いてしまいます。自分が親にされた事を否定しつつも、他人にはしてしまいそうになる。また、そういうことを僕の代理でしてくれそうな「ビッグブラザー」に頼りそうになってしまう。そういう自分が怖いです。だから、そこを一番今は気をつけてる感じ。特に音楽は、すごい効果的なプロパガンダだから、取り扱い注意なんですよね。すぐ利用されちゃう。

>ある意味怖いですね

そうなんですよ。このおっさん、僕の心を全部読んでるな、とすぐにわかりました。蛇に睨まれたカエルとはこのことですね。たぶん、それ以前にも、僕みたいな人にたくさん会ったんでしょうね。ひねくれたプライドが、その人自身が持ってる素質を潰してる、という例は、いくらでもありそうです。宗教も、最初はそういう開放なんでしたっけ?似てますよね。ホントに僕は紙一重だと思ってます。

「ボイトレの先生=神」で思い出したけど、僕の一番好きなジョンレノンの言葉があるんです。「水泳の先生は泳ぎ方を教えただけ。泳ぎ方を教わったのだから、あとは泳げばいい。先生のことは忘れろ」って。これはアイドルや世代の象徴として凄まじい個人崇拝を受けたヒトならではの重い言葉だと思いました。
僕は今、カバーと言うものを殆どしないんです。自分が歌う曲は、ほとんど自分の創った曲です。既にある誰かの有名曲を、僕が歌うことの意味を見つけられないんですよ。僕がジャズのヒトを嫌いなのは、カバーばかりするからなんですよね。まあ、それだけ「有名なスタンダード曲」というものの持つ魅力や力が強いのかもしれないし、それは「音楽至上主義」という僕の考えとも合ってる気もするんだけど、なんかでも、所詮、他人が創った曲じゃないか、と思うと興ざめなんですよね。この辺は、まだ自分でも理由がよく掴めてません。
あ、あと、こういう話は、プロ的なレベルの目線で言ってるので、普通のヒトに当てはまることではないです。プロの音楽家、といいながらカバーばかりって、それは変じゃないか、って思うってことなので。

そういえば、20年前のジェンダー感、という話で思い出したのですが、僕が若い頃、業界の人たちと上手くやっていけなかったのは、いわゆる業界内のジェンダー観は、世の中の状況に輪をかけて酷かったから、というのも大きかったと思いました。みんな野蛮で粗野で、ホントに「現場」みたいだったし。そしてみんな酒癖が悪く、下っ端の立場で飲み会なんか行けるわけがなかったし。
若い頃も何度かチャンスはあったし、何かになろうと思えばなれた気がするんだが、ライブ会場やらスタジオやらで出会う人々がみんなそんな感じで、僕には付いていけなかった、ちょっと無理だって思ってました。いつかリベンジしたいなあとは思ってましたが。

ちょうど95年に友人がメジャーデビューして、そういう業界にそうとう久々に顔を出したんですね。そうしたら、すっかり様子が変わっていて、非常識な人もいないし、みんなマジメだし、粛々とプロの仕事が進められていて、すごいびっくりしました。僕も礼儀正しく接してもらって、すごいなあ、世の中は変わったんだなあ。とつくづく思ったんですね。僕が伸びたのはその時期だから、それもすごく僕の頑張りを後押ししてくれた要員としては大きいように思います。棲んでもいい世界だ、とそう思ったってことなので。

こっちにきて「20年前の東京だ」と思ったのは、一般的なものだけじゃなくて、業界内の様子のほうが原因としては大きい気がしました。だって、僕の直接の現場はそこなんだモノ。そこが「20年前」では付いていけるはずない、逆に古いタイプのアーティストにとっては、昔みたいなのでやりやすいはずです。

そういう要素があって、すごい古い人たちが滅びずに生き生きやってるんだと思った。多勢に無勢なんですよね。僕が一人で「そんなやり方古いんだー」と言っても通用しないんですね。その辺の無力感が今の僕にとっては凄く大きいんだ、とそう感じました。なるほどなあー。


*yuhka-uno
上の世代が追い出されて世代交代した分野もあれば、逆に「お偉いさん」として君臨している分野もあるわけで、そういうところに関しては、20年前と変わらない、旧い体質が残っていますよね。「老益」というのもあるんですけど、誰も彼もが「老益」になれるわけじゃないですから。
今はまだ過渡期だから、バブル崩壊以降の世代は二極化しているんでしょうね。その二極の間にひきこもりはあるのかも。これは、私自身がそうだからそう思うんですね。以前、ブログで似たようなことを書きました。
http://d.hatena.ne.jp/yuhka-uno/20110801/1312205399
仕事もないし結婚したいのにできないとなると、キッツイですね。そういう人たちって、時代の犠牲者なのかもしれませんね。
 
猿岩石!懐かしい(笑)。今や毒舌キャラとして再ブレイクしている有吉も、あの頃は「風に吹かれて」とか歌ってたんですねぇ。ゆずは「路上系の星」みたいな感じですよね。なるほど、ああいうのを「フォーキー」と言うんですね。
やっぱり、そういう業界って、自分がやりたくない傾向の歌を強制されるとか、そういうのあるんですか? mcさんの場合だと、当時流行っていた「フォーキー」をさせられそうになっていたところに、宇多田や林檎が出てきたので、やらなくて済んでホッとした、ということでしょうか。
 
表現規制についての議論をした頃の私は、有村さんのこともmcさんのことも、他の人たちのことも、まだそんなに知らない時期でしたね。
今から振り返って思うのは、自分が過去に感じた驚異を何とかするために、私が一番したいことって、たぶん、世の中の価値観や認識を変えていくことなんですね。こう言うと、何とも壮大ですが(笑)。それもまた、コントロールといえばコントロールなんですけど。
 
ジョン・レノンみたいなカリスマって、本当に「神」扱いされますもんね。実際にそういう人のことを「神」って言ったりしますし。
私、教育の理想系って、その部分を教われば、後から自分でいくらでも応用できる、というものだと思うんですけど、それと似てますか?
あと、宗教で言えば、「音楽=神」だとするなら、歌手や演奏者は、神と人とを繋ぐシャーマンってことなのかとか、そんなことを考えました。



なるほど。日記、最近のですね。
僕のほうは必死に親の押し付けから逃げて、なんとかこんな遠くまで来たから、ちょっとホッとしてる部分もあるし、今は時代も変わったから、僕ほど苦労するヒトも少なくなってるだろう、なんて楽観的に考えてたけど、全然そんなことないんですね。何度も言うけど、この事実はホントにびっくりするんです。日本は変わってきた、と思いながら、でもまだ変わってない、とか、ホントはどっちなんだと思う毎日です。それが「二極化」ってことなんだろうなあ。

やりたくない傾向、というか、こういうのはどうか?みたいに提示されて暗に要請されることはありますね。別に無理にしなくてもいいけど、今求めてるのはこういう路線だから、書いてくれたら嬉しいね、みたいなことは言われます。有能な兵士ですよ。結局w
もっとも、これはピンきりなので、もっとひどいところでは、具体的に元曲(全米の今の話題曲とか)を提示されて、こういう風にして、と言われる場合もある、と聴きます。パクリの仕方にもセンスというものがあって、露骨にばれるヒトと、そうじゃなく上手く創るヒトと居ます。後者は重宝されるでしょうね。
僕は当時は作家だったから強制はされなかったけど、無理にそういう路線やらされて売れずに消えてしまったヒトも居そうだなあ。もっともそれは、本人の意志が弱い、ということにされて自己責任的な感じでも言われます。難しいですけど、不本意に強制されて消えてしまうようなヒトは所詮そのレベルかもしれないな、などと冷たいことも思います。厳しい世界ですもの。
ウタダや林檎はかっこいいので単純に好きでしたよ。やっぱり、自分以上の才能の持ち主に惚れるわけです。それに、ああこれで次の時代も安心だ、みたいに嬉しくなります。若い世代で才能ある子が居るのは、どんな場合もすごくいいことだと思う。そんな彼らが世の中を変えてくれるんだもの。僕らが出来ることは、邪魔しないで、キミらはすごい、と、ちゃんと意思表明して認めることだって思ってます。

表現規制の話、あの議論って一見ごちゃごちゃですけど、みんな実は同じこと言ってるような気もしますよね。いいやり取りだったと思います。


>シャーマンって
これまさにそうです。僕はイタコとか言ってました。教会とかでもそうですよね。ちょうど昨日そういう話したんですよ。
僕はクリスチャンではないけど、こっちの土地柄は多いし、僕自身も興味はあったので(欧米の音楽はほとんどがキリスト教を下地にしてるので)、ゴスペル的な曲を創ったりしたんですよね。それをすごく気に入ってもらって、嬉しかったんですよね。
クリスチャンではない僕が、自分をイタコ的に捉えてゴスペル調の曲を書き、それが本家クリスチャンに喜んでもらえる、という図式は、すごく面白いと思いました。これこそ、「音楽教」なのかもしれないぞ、って。ちょっと思った。

そうそう。応用できます。音楽もそうです。「準える」とか「共感」とかは、つまり応用ってことなんですよね。僕は常々言ってるのだけど、もしあなたが何かの音楽を聴いて何かの感情が目覚めたとしても、それは「生まれた」んじゃなくて、元々あなたの中に存在してた感情に「気づいた」だけだ、って。だから、その気持ちは「僕が与えたもの」じゃなくて、「あなたのもの」なんだ、と。受け売りとかじゃなくて、元々自分のものなんだ、と。そう言います。音楽って、デジャブの積み重ねで出来てるんですよね。

今思うと、昔から僕は、下品なことが嫌いで、純粋主義で潔癖症だったし、すごく神経質だったと思う。

僕が基本、宅録ですべての楽器を自分で出来るようにしたのも、他人を加えたくなかったからなのよね。昔は20年前の感覚の下品な人が多かったから、いくら上手くても、自分の分身みたいな、作品に加えることなんか絶対出来ない、って思ってた。

それが今の仕事でも繋がってて、下品だったり無神経だったりする人とは、真剣な仕事はできなかった。僕が認められた仕事は、常に全力でやった仕事だけだったけど(誰でもそうだと思うけど)、その「全力を出す」ということが出来るのは、一人のときか、自分が「この人なら共演してもいい」と思える相手の場合だけだった。

そういうスレスレで今も生きてるんだなあ。だからしっかり世界を守っていかないと、ってことなんだな。


*yuhka-uno
私は、高度経済成長期が「成長期」なら、バブル期は「反抗期」で、今は「挫折期」なんじゃないかなぁとか思ってます。環境が変わって、それまでの方法が通用しなくなると、環境に適応しようとするのではなく、それまでの成功体験にしがみつく方向に行くのは、よくあることですし。そういう場合って、これまでの方法をより強化することになりますよね。
人間にも、挫折すると、脱皮して成長して先へ進む人と、退行したり過去にしがみつく人とがいるように、変わったところと変わってないところ、色々あるのかもしれません。
 
上手くパクれたり、求められている路線の曲を作れるのが、有能な兵士ってことでしょうか。うーん、それはそれですごいかもw
宇多田や林檎って、やっぱりすごいんですね。私には「どの程度すごいのか」がよくわからないわけですが、「Automatic」や「本能」は今でもよく覚えていますし、あれから結局二人とも、時代を引っ張る人になりましたね。
「今求めてるのはこういう路線」じゃなくて、「今流行ってないけれど、実は求められている路線」を提示できる人って、すごいですね。
 
最近テレビで、ドレミは古いラテン語の聖歌が元になっていて、ドはDominusのドだと知って、「へぇ~!」って思ったんですよね。そういえば、中学か高校の頃の音楽の教科書に載っていた音楽の歴史年表に、グレゴリオ聖歌とか、キリスト教関係のことが沢山載ってたなぁと思い出して、西洋音楽をやるということは、間接的にキリスト教文化に関わるということなんだなぁと思いました。
キリスト教や音楽に関わらず、芸能って宗教起源のものが多いですしね。
あと、「音楽教」的価値観では、シャーマンは神より偉くなるべからず、ってことなんでしょうか。
 
人間って、やっぱり、自分の内側にあるものに、より反応するんだと思います。自分が何か経験すると、それまで何とも思っていなかった表現を、「いいなぁ」と思うようになったりしますもんね。恋愛とか特にそうかもしれません。
 
「共感」については、思うところがあるんですけど、今回の震災では、被災者を励まそうとか勇気付けようとか頑張れとか、そういうことを言う人が沢山いて、たぶんそういう内容の音楽を作った人もいたと思うんですけど、私はそういう言葉や音楽を聞きたいかというと、全然思わないんですね。本当に説得力のある言葉は、実際に体験した人の中から生まれてくるものだと思いますから。
こういう時、体験していない人間が何か言うとしたら、自分の心を掘り下げて、自分の内側から出てきた気持ちを、できるだけ素直に言ったほうが良いんじゃないかと思いました。私は、そういう言葉のほうが共感できそうな気がしますから。
「何か気の利いた言葉をかけてあげなきゃ!」と思ってしまうのはわかるけど、それは何か違うと思いますね。そんな「気の利いた言葉」なんて、体験していない人間の内側には無いんですから。



なるほど。変化に適応できるヒトが生き残り、そうでないヒトが淘汰される、というのは恐竜時代みたいですね。そういえば、私の好きなアーティストのうち複数のヒトが20年位前に「恐竜絶滅時代の到来に備えるべき」と言ってて、今の世界の価値観は滅ぶのかもしれない、と漠然と考えていました。自分で気づいてませんでしたが、今思うと、現在はそれですね。ロックーアーティストでも、今残ってるヒトと消えたヒトははっきり分かれています。そういうことに鋭いから、やっぱりアーティストやってられるんだろうなあ。

そうそう。グレゴリオ聖歌とかいいですよ。あそこで聴かれる独特の和音感覚というのは、日本人ではなかなか持ってるヒトいなかったんですね。そういう「技術的側面」としても、若い世代ほど勘がいいんです。それもあって、僕は古い世代が嫌なんだろうな、と思ってました(日本人の場合です)。

昨日思ったのですが、こっちの人って一貫して不幸なんですよね。それは歴史的に影落としてる気がします。そういう意味では、他人の不幸ごとに共感してる、といえばしてるのかもしれません。でもそんな土地でも、そうじゃ「ない」人もいるでしょう。少数派に常に目を向けていたい、という僕の気持ちが、その辺に反映してる気がします。
町の中堅プロの音楽家と仕事すること、それは縁も出来るしお金にもなるし、生きていくのに必要だったかもしれない。でも、僕までそこに与して仲間になってしまうことは、裏切りになるような気がしたんです。それだと、少数派を「多数派の中で認めてあげる」になっちゃうんですよね。そうでなくて、独立して対等な別世界がある、という形が、自分が望んでることなんだろうなって思いました。

引き続きいろいろ考えてみます。
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たまたまこないだ、自分のまとめブログ読みながらツイターで考えてたんだけども、結局、こっちの土地柄って、観光客に凄く親切な市民、でもボロボロの家があちこちにあり、豊かな生活でもなく、外面をよくすることだけに一生懸命で、住民の幸せは誰も考えてない、それが現実な土地、ってことなんじゃないかって思ったのね。
そう考えると、2年前に外海町に行ったときに思った、迫害されたクリスチャンと、苦しい風土と耐える人々と、それを私費で救ったドロ神父と、遠藤周作が思ってたことと、そういうこと、もろもろ繋がってきて、結局、いまだに試されてるというか、耐え抜いてる土地なのではないかと。
常に歴史上、何かの踏み台にされている。広島のドームは残ったのに、こっちの天主堂は米の圧力で壊されてしまったとか(クリスチャンの施設に核攻撃は非難される恐れがあったため)、出島開国だって、日本の端っこだから何かあっても切り捨てられるし、みたいな理由だったらしいし、そう考えてくと、今までは怒りとかの感情ばかりだったのが、なんか不憫になってきてさ。
たとえば、みんながお互いの悪口言い合ってるのだって、それは自分が不幸だからでしょう。僕だってそうだったわけだから。そんな町でありながら、観光客や訪問者にはニコニコしてるんだよ。そういうの何とか直さないと、良くないってすごく思ったなあ。今でも迫害されてる町なんだよ。

こういうことは旅行者で来てたんじゃ、絶対わからなかった。ほかにもこういう土地はあるだろうね。住民が幸せじゃないと、本当の幸せはヒトにも分けてあげられないのではないだろうか。

2年前、外海町に急に思いついて行ったとき、何かありそうな気がするって思ったんだよね。やっぱり「何かあった」よね。こういうことだったんだな。


*yuhka-uno
確かに今の時代は「恐竜絶滅時代」だと思います。氷河期が来て、もう「巨大なもの」の時代じゃなくなってきたんですね。これからは、哺乳類の小動物が進化していく時代なんでしょう。恐竜でも、小さいものだと、生き残って進化して、鳥になったりするかもしれませんが。
 
ブログ読んで頂いてありがとうございます。mcさんの、開き直って歌のボリューム大きくしてみたら、周囲の評価が変わったというエピソードは、私にとっても「デジャブ」でした。私も、開き直れた時は、拍子抜けするくらいに上手くいったりするんですよね。あのエントリは、mcさんのお話と、最近見かけた「いじめ後遺症」の記事を思い出して書きました。
 
mcさんの中では、土地のこととご自身のことについて、何か答えが出た感じですか?



そうですか。お役に立てた感じは嬉しいです。僕もこのやり取りをきっかけにもう一度いろんなことを考え始めて、忘れてることや、自分でも気づいてないこととか、たくさん思うことがありました。
本来付き合うべきじゃなかった人々と、こっちで付き合ってしまったのも、過去のそういう嫌なことなどを忘れてしまってたからだし、そういう意味でも、最近はずいぶん感覚が鈍ってたな、と反省しました。感情抑えたり丸くなるのがオトナじゃないんですよね。最近の僕はずいぶん本意じゃないことをやりすぎて、言動も自称オトナな他人に合わせることも増えて、いつのまにか、それで普通だというように慣らされつつあった気がします。でもやっぱり、僕は「おっさんくさく」なるのは嫌なんだなあ、って改めて思いました。笑。

土地のことねー。ずっと考えてます。一昨日インタビューしたことも併せて。ずいぶん不幸を背負ってしまった土地なんだなとか、昨日写真で張った殉教とか、秀吉の時代なんですよね。位置的に交易が盛んな土地は、それだけで苦難や波乱も、他の土地に比べて半端なく多かったでしょうね。

むかしウルトラ系を調べてたとき、初期のメインライターの人々が沖縄のヒトで、本土と沖縄の立場や苦悩などを、ウルトラシリーズの脚本に込めたことを知って、ちょっと「へー」と思ったのですが、もう一人のライター、市川森一さんが長崎の諫早のヒトでクリスチャンだったことを思い当たったとき、ああこれは何か共通点があるのかも知れない、と考えるようになりましたよ。
ちなみに円谷プロも、僕の住んでた多摩川の近所にあり、まさにロケ地そのものです。だから僕は、ドラマの世界だけでなく、ウルトラの世界にも住んでたのかもしれません。そこから、彼らのメッセージを受け取ってたとか。それらが全部リンクして、今こっちで何かの形になろうとしてるような気もします。

僕が来た4年前と今は、こっちの状況もずいぶん変わったなって思います。こっちはこっちで観光&平和で生きてくことにシフトしていくと思う。そうして、それらの代弁表現者として、こっちの音楽家も存在してるのならば、それに関しては、もう僕はすることがありません。それが結論ですね。僕は地元のヒトじゃないし、そういうことは本来の住人がすべきことです。

ぼくは、そういう土地の体勢に含まれたくないと思ってるヒトを助けてあげて、いろいろ任務を果たして、また去っていくんだと、そんなことを思いました。そのためには、もう少しだけ、知ることや、やることが残ってる感じです。


*yuhka-uno
この前のmcさんの書き込みを読んで、最初は色々書こうかと思ったんですけど、でも、もう私が書くことは何もないような気がして。そして、なんかすごく嬉しかったです。私自身、このやりとりの中で色々気付いたことが沢山あって、それはmcさんにとってもそうだったのかなぁと思って、やっぱり話しかけてみて良かったと思いました。
 
高校時代の定年近い先生が、「年取ると丸くなるって言うけど、私、全然丸くならない!」と言っていたのを思い出しました。でもその先生は、厳しいけど面白かったし、ちゃんとした先生でした。
「感情抑えたり丸くなるのがオトナじゃない」というのは、その通りだと思います。酒に酔ってセクハラしたりしないのがオトナです。
 
一本柱鳥居や二十六聖人殉教の像の写真を見たとき、mcさんは、はっきりとした意図を持って、その場所に行ったのかな、と思いました。
mcさんにとって、長崎は、時代劇の舞台という繋がりだけじゃなかったんですね。東京と共に、人生の中で住んでおくべき場所だったんですね。
私は、このやりとりはそろそろ終わりかなぁと感じています。mcさんはどうですか?



26seijin


はい。終わり、と言ってしまうのも寂しいのでw またお互いに何かあったら気軽に話せれば。と思いました。

これは言い忘れてたのだけど、こないだはてこさんと偶然話した、方言の件はすごく自分に当てはまりました。僕は実家を出てから故郷出身のヒトとは一切縁を切ったんです。仕事先に偶然いたとしても距離を置いたりしていました。地元の「言葉」を聴かずに過ごせたというのは、過去から開放されるのにはものすごく役立った気がします。完全に「標準語のヒト」になることで、生まれ変われたんですよね。
そして、そういうことが可能だった自分の環境や経済状況とかについて、ありがたかったなあと思います。でもそれは親のおかげだったんだけどね。僕は自分を不幸だとばかり思ってたけど、実際はそうでもないのかもだなあ、と思えたのも、このやり取りのおかげだった気がします。

また何か発見があるたび、ここで話していきますね。その際にでも、また気が向いたら適当に突っ込んでください。




【intermission】
どうもです。とりあえずブログ、仮でまとめたのですが、長いw
でもすごい充実しています。ありがとうございます。

読み返すと、お返事するので精一杯で
yuhka-uno さんの発言で読み飛ばしてる部分とかもありました。
もう一回じっくり読んでみますね。


*yuhka-uno
私は、このやりとりを通して、自分の生き方について考えていますから、私も滅茶苦茶充実してます。
今ちょうど、自分の中で色々変わっていっている時期と重なったからかもしれませんけど、段々自分の殻が剥がれていくような感覚がしていますね。以前はここまで自分のことをあけすけに出すことはなかったんですけど、「まぁ、いいかw」という感じになってきました。
特に、自分の中でひきこもり期間を肯定できたことは大きかったです。無駄に過ごしたわけではなくて、むしろ自分自身を構築するための、充実した期間だったんだな、と思えました。世間ではひきこもりは「怠けてる・甘えてる」と言われていて、私もそれを内面化していましたけど、私は怠けていたわけでも甘えていたわけでもないし(というか、逆に家族に甘えられていましたし)、むしろ「戦い」に近い状態だったわけで、別に世間からどう思われようと、私は私のことを悪く思う必要はないよな、と思いましたね。
 
>読み返すと、お返事するので精一杯で、yuhka-unoさんの発言で読み飛ばしてる部分とかもありました。
 
「読み飛ばす」というのも、その時のmcさんの反応のうちだと思います。逆に、私が先生に恋をした話は、予想以上にmcさんに食いつかれてしまいましたし(笑)。あの時の反応で、mcさんにとって、恋愛はすごく重要なんだということがわかりました。人って、その時その時に、自分にとって重要だと感じる部分に反応するんだと思います。
最初に質問した時は、こんなに沢山答えて頂けるなんて思いませんでした。すごく感謝してます。



その2 に続く!
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